この事例の依頼主
年齢・性別 非公開
運転中、歩行者と軽微な接触をしてしまいました。その時は大丈夫かと思って通り過ぎたのですが、後日警察から連絡がきました。被害者から被害届が出ており、ひき逃げ事件として捜査しているということでした。他の弁護士からは処罰も免許取り消し処分も免れないと回答されたのですが、なんとかならないでしょうか。
以前私が取り扱った事例をモデルにしています。自動車事故は誰でも起こしうるものです。そして、人間には「正常性バイアス」があることから、軽微な接触の場合、「たいしたことはないのではないか」と思ってそのままの行動を取ってしまいがちです(自動車事故の場合は現場で停車して救護措置をとらない)。警察実務においては、軽微な事故の場合は救護義務違反として立件しないこともありますが、必ずしもそうではありません。立件された場合、いわゆるひき逃げ、救護義務違反の成立には、車両等の交通による人の死傷若しくは物の損壊(交通事故)による「人の負傷」の事実と「人の負傷」の認識、そして救護をしなかったことが要件となります。この要件については、裁判上はかなり緩やかに認められています。そして、救護義務違反となると、過失運転致傷と併せて少なくとも罰金刑となり、免許取り消しとなります。そのため、他の弁護士は処罰も免許取り消しも免れないといったのでしょう。そのような結果にならないように、弁護人としては、証拠関係(特に車両の損傷や相手の怪我の内容)を良く分析した上で、捜査実務の考え方を十分理解して、警察、検察に対して依頼者に有利な事情をきちんと提示することが大事だと考えています。モデルケースでは、私は、警察に対して、依頼者に過失がなく過失運転致傷罪が成立しないこと、救護義務違反が成立しないこと(「負傷」が証拠上認定できないこと、「負傷の認識」が証拠上認定できないこと)を述べる意見書を作成し、提出いたしました。送検後も、検察官に対して同一の書類を提出し、処罰しないことを求めました。結果、嫌疑不十分として不起訴になり、行政処分もされませんでした。ここで一点指摘しますが、意見書を警察署と検察官の双方に提出したことには意味があります。刑事処分が嫌疑不十分不起訴となった場合でも、公安委員会から「救護義務違反」として免許取消処分がなされる可能性があるからです。私は、処分を回避するためには、警察に対しても「ひき逃げ」にあたらないことの意見書を出して、ひき逃げとしての「違反等登録」の対象にならないようにしておくことが大事だと考えています。あまり意識されていないのですが、手続の流れとして、警察署等が認知した交通違反等については、その登録等に必要な関係書類を都道府県警察本部の行政処分担当課が審査のうえ違反等登録を行います。公安委員会の告知・聴聞はその後の手続です(道路交通研究会「交通警察の基礎知識196 行政処分の迅速かつ確実な執行について」月刊交通2019年2月号(611号)82頁)。従って、警察段階で「違反等登録」を回避できれば、免許取消処分の手続まで進まないのです。違反等登録票の作成は通常迅速になされていますが、ひき逃げ事件等の特殊な案件は除かれています(那須修『実務Q&A 交通警察250問』(東京法令出版,2021年9月)277頁)。あらかじめ警察署に対しても意見書を出して牽制していたことが効いたのか、ひき逃げ事件として送検されたものの、行政処分はなされずに終わりました。良い結果で依頼者にもご満足頂けました。
最判昭和45年4月10日https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=50949判示事項道路交通法七二条一項前段にいわゆる救護義務の内容裁判要旨車両等の運転者が、いわゆる人身事故を発生させたときは、直ちに車両の運転を停止し十分に被害者の受傷の有無程度を確かめ、全く負傷していないことが明らかであるとか、負傷が軽微なため被害者が医師の診療を受けることを拒絶した等の場合を除き、少なくとも被害者をして速やかに医師の診療を受けさせる等の措置は講ずべきであり、この措置をとらずに、運転者自身の判断で、負傷は軽微であるから救護の必要はないとしてその場を立ち去るがごときことは許されない。運転免許取消処分取消請求事件水戸地判令和4年11月10日D1-Law.com判例体系〔28310159〕【(5) 刑事処分の内容原告は、令和2年5月21日に検察庁での取調べを受けた後、同月28日に過失運転致傷罪で略式起訴され、道路交通違反(救護義務違反)について不起訴とされている。不起訴の理由は、必ずしも明らかではないが、嫌疑があるにもかかわらず不起訴とする事由は見当たらず、本件検面調書の内容に照らしても救護義務違反の嫌疑が十分ではないことによるものと推認される。それにもかかわらず、処分行政庁は、その前日の同月27日にひき逃げとの違反行為を認定した上で、本件取消処分及び本件指定処分を行っている。道路交通法上の行政処分と刑事処分は、目的や手続を異にするものであり、相互に独立した処分であるとの点は、被告の述べるとおりであり、刑事処分と異なる認定に基づいて処分を行ったことが直ちに行政処分の違法を導くものではない。】