この事例の依頼主
年齢・性別 非公開
私は会社経営者です。福岡支店を任せていた支店長が、売上げを誤魔化して多額の横領をしていたことが発覚しました。自白はしているのですが、お金がないということで返済は期待できないようです。ただ、このままではいけないので刑事処分を受けさせたいのですが、横領事件の刑事告訴はどうすれば良いのでしょうか。
私が以前取り扱った事例をモデルにしています。横領事件は、警察がなかなか告訴を受理しようとしません。また、告訴受理後も被害者の取調べが何度も行われるなど手間のかかるものです。しかし、従業員の不正行為を放置することは、他の社員の士気にも関わることです。弁護士が告訴代理人として就くことで、警察が真剣に動くことが期待できます。告訴のコツは、告訴人側で出来る限りの調査をしておくことです。刑事弁護人としての経験を踏まえて、あるべき捜査、あるべき捜査に必要な資料を検討することが、警察に告訴を受理させることに繋がります。そして、業務上横領罪の刑罰は金額がもっとも重要になるので、なるべく多くの金額を起訴させるようにすることが大事です。モデルケースでは、刑事告訴をすることと併せて、民事の損害賠償請求訴訟も提起して、勝訴判決を得ました。民事訴訟の提起は賠償金の回収という意味もありますが、従業員の横領額が起訴された金額に留まらない膨大なものであることを示すことで、量刑を重くする意味もあります。従業員は実刑判決を受けて服役することになりました。私は、基本的に、刑事弁護人として加害者側の弁護をしています。もっとも、被害者代理人として活動する案件もありますし、企業で発生した横領事件など刑事告訴をせざるを得ないこともあります。単純な傷害事件などでは被害届を出すだけでいい場合が多いですが、特別法違反など複雑な事件は、整理した上で対応しないと警察が取り上げてくれないことがあります。そういった案件では弁護士が告訴・告発代理人になる意味があります。告訴・告発の代理人になった場合、弁護士によりスタイルは色々あると思うのですが…私は、「警察には告訴の受理義務がある」からといって、告訴状を警察署に内容証明で送りつける、といったことはしません。本人から聞いた事情と証拠から、そもそも法的に事件として立件できるのか、嫌疑が現時点であるのか(軽率な告訴は不法行為になることもありえます)、処罰価値はあるのか、弁護士ができる調査はどこまでか、警察ができる捜査は何か(捜査官向け文献を添付することもあります)、構成要件に該当する証拠を選られる見込みはあるのか、あるとすればどこを調べれば出てくるのか、捜査の端緒となる情報はないのか、などあれこれ考えて対応します。そして、事前に警察に相談し、協議の上で正式受理してもらいます。警察側も送りつけられるよりやる気がでると思っています。個人的には、郵送告訴は嫌がられるだけであんまり効果的な手段ではないと思っています。なお、福岡県警の場合、郵送による告訴・告発の場合は告訴権・告発権の有無犯罪事実の特定、処罰意思の有無といった要件の精査が困難なため、速やかに発送者に連絡し、事実確認のため、疎明資料を持参しての出頭を求める、という取扱いをしているようです。※SPE福岡285号(警察公論2022年1月号付録)特に、民事絡みの紛争は嫌がられますので、十分な準備が必要です。福岡県警の場合、民事上の争いを有利にする目的で告訴・告発がなされた場合、処罰を求める意思を欠くものは告訴・告発の要件を充足しないため、慎重な受理・不受理の判断が必要となるとされているようです。※SPE福岡286号(警察公論2022年2月号付録)
私は、依頼者には、告訴するのであれば、覚悟して欲しいということを言っています。むしろ、相手が処罰されることで仕事ができなくなりお金が回収できなくなることもありますし、依頼者には警察の取り調べなどへの対応、証人尋問の出廷など思わぬ負担が生じることがあります。そして、告訴するということには責任が生じるので、不当告訴とされた場合には損害賠償責任を負う可能性がありますし、事実が嘘であれば虚偽告訴罪となることもあります。そのため、例えば、単なる支払遅延に対して「取り込み詐欺として告訴すれば相手が払ってくるだろうから、詐欺として告訴してくれ」といった依頼を受けることはないです。また、告訴取り下げを条件に相手に支払いを迫るといったことはしていません。もっとも、捜査が進むことで相手が危機感を持ち結果的に被害弁償がなされて示談することもあります。その時は、警察官にお礼をのべて告訴を取り下げることもありえますが、最初から告訴で圧力をかけて支払に持ち込ませたいという依頼は受けません。ここは弁護士によってスタンスが違うかもしれませんが、刑事告訴はそんなに安易にできる手続ではないと思っています。また、弁護士が関与するのであれば、基本的な形式要件は整えておきたいところです。告訴、告発の基本については、三木祥史編著『〔改訂版〕最新 告訴状・告発状モデル文例集』(新日本法規出版,2019年6月)が参考になります。犯罪事実については、加藤俊治編著『警察官のための充実・犯罪事実記載例-刑法犯-〔第5版〕』(立花書房,2021年4月)、加藤俊治編著『警察官のための充実・犯罪事実記載例-特別法犯-〔第5版〕』(立花書房,2021年4月)、濱本洋治編著『令状実務担当者のための犯罪事実記載要領』(立花書房,2021年2月)が参考書です。基本的な証拠の確認、捜査要領については、捜査書類実務研究会編箸『刑法犯・罪名別 一件書類早見ノート〔改訂版〕』(警察時報社,2017年2月)、捜査書類実務研究会編箸『特別法犯違反別 一件書類早見ノート〔改訂版〕』(警察時報社,2016年2月)が参考になります。告訴人の供述調書も作成しておきたいところですが、それには宮田正之編著『新供述調書記載要領』(立花書房,2010年1月)、宮田正之編著『供述調書記載例集』(立花書房,2011年12月)、小黒和明ほか『-改訂版-供述調書作成の実務 刑法犯』(実務法規,2020年2月)といった本が参考になります。いずれも市販されています。番外ですが、依頼者や参考人からの聞き取りについては、江崎 澄孝・毛利 元貞・西谷 晴美著・コメント協力 黒木 正一郎『取調べ・職質・相談業務に使えるヒント集』(東京法令出版,2024年8月)、山田昌弘『録音録画時代の取調べの技術』(東京法令出版,2021年9月)もおすすめします。