この事例の依頼主
女性
ご相談をいただいたのは、ある商業ビルのオーナー様でした。このビルは、土地区画整理事業によって開発された施設で、もともとの地権者であるオーナー様が、権利床の形で一部フロアを保有していました。その床全体を、地元自治体と民間が共同出資する「第三セクター」が借り上げ、各テナントに転貸するという仕組みで運営されていた、やや特殊な形の不動産活用です。数年前から、借主である第三セクターから「賃料の減額」を求められるようになりました。背景としては、大型テナントの退去やコロナ禍による商業施設全体の利用減少などがあり、施設全体の収支が悪化しているとのこと。借主側としては「このままでは経営が成り立たない」として、賃料を現状の50%まで減額してもらいたいと申し入れてきました。オーナー様としても、地域経済の状況や施設運営の実情に一定の理解を示し、1年間に限って減額を認める合意を結びました。この合意は文書で交わされ、「減額期間は1年間とし、以後の賃料は別途協議する」と明記されていました。ところが、その1年が過ぎる頃、借主側から新たな協議の申入れはなく、従前どおりに減額された金額だけを支払うという通知が一方的にきました。「減額の合意は1年間だけのはず。それ以降は契約に基づいた賃料に戻ると思っていたのに……」オーナー様が問い合わせたところ、他の権利床との関係もあるので、と反論され、協議の場は設けられませんでした。新たな書面も取り交わされておらず、口頭でのやりとりも曖昧なまま。このまま支払いが続けば、未収賃料がどんどん膨らんでしまう。正しい賃料に戻してもらいたい。そんな思いから、当事務所にご相談いただくことになりました。
ご相談を受けて、まずは賃料減額の経緯と、減額合意書の内容を丁寧に確認しました。合意書には「期間は1年間」と明記されており、借主側が主張する「継続的な合意」には何らの証拠もありませんでした。そのため、私たちは「減額合意は1年間限りであり、それ以降の賃料減額には法的根拠がない」として、従前の賃料額に基づいた未払い分の支払いを求めました。しかし、借主側は「現賃料で合意があった」との主張を変えず、任意の支払いには応じませんでした。そこで、やむなく訴訟提起をすることとなりました。裁判の中でも、借主側は「減額継続の黙示の合意があった」などと主張しましたが、いずれも文書や客観的な証拠を欠いており、説得力は乏しいものでした。こちらは、減額が1年限りであったこと、その後に協議の申入れもなかったこと、また減額を容認する態度を一切示していないことを主張・立証しました。裁判所は、「減額の合意は1年間に限定されたものであり、それ以降の賃料額については新たな合意がない以上、従前の賃料が適用される」と判断し、オーナー側の請求を全面的に認める判決を下しました。借主側はこの判決を不服として控訴しましたが、控訴審でも第一審と同様の判断が示され、「減額の継続に合意があったとは認められない」として、請求額全額の支払い義務が確定しました。訴訟対応の期間は長期にわたりましたが、結果としてオーナー様の正当な権利が認められ、適切な賃料回収を実現することができました。
今回のケースは、土地区画整理事業に由来する複雑な賃貸借関係を背景にしてはいましたが、「賃料の増額・減額の合意の効力がどこまで続くのか?」という点は、どの不動産オーナーにも共通し得る重要なテーマです。賃料の減額合意は、一度取り交わすと「その後も当然に続く」と相手方が主張してくることがあります。しかし、法律上は「合意はあくまでその時点の事情と期間に限定される」ものであり、それ以降も続くには、新たな合意が必要です。本件のように、減額期間が明記されていた場合、その期間終了後には原契約の内容に戻るのが原則です。仮に減額の延長を求めるならば、再度きちんと話し合いを行い、合意を取り交わすべきです。また、賃料のような重要な契約内容については、「後から誤解されないように、必ず文書にしておくこと」が大切です。口頭のやりとりや、何となくの了承のままにしておくと、今回のように裁判で争うことになりかねません。さらに、減額要請を受けた場合、対応を誤ると他のテナントにも波及しかねず、不動産経営全体に大きな影響を与えることもあります。だからこそ、「協議の段階から弁護士が関わる」ことの重要性を、あらためて実感しました。当事務所では、家賃滞納・減額交渉・明渡請求など、幅広い不動産管理の問題に対応しています。全国対応可能です。オーナー様には、スポット対応はもちろん、早期の対応が可能となる【顧問契約プラン】もご用意していますので、お悩みの方はぜひお気軽にご相談ください。