この事例の依頼主
年齢・性別 非公開
2型糖尿病、腎不全、認知症などの既往歴を有していた患者さんが、入院中に意識状態が悪化して意識が戻らなくなり、腎機能数値も悪化してしまい、半年ほど経過後に亡くなってしまった事案です。患者さんは、自宅に戻るためのリハビリ目的で、当初の入院先から相手方病院に転院していたところでした。食事摂取量が落ちてしまったため、高カロリー輸液を行うことになりましたが、相手方病院では、高カロリー輸液にインスリンを混注せず、また、血糖値測定も約24時間後まで行いませんでした。その結果、患者さんは高血糖のために意識状態が悪化してしまい、その後元の病院にすぐ転院しましたが、結局意識は戻らず、腎機能も悪化してしまったため、最後は自宅で看取ることとなりました。患者さんの配偶者とお子さんから、相手方病院の対応に問題があるのではないかと相談を受けました。
まず調査受任を行って協力医にも意見を求めたところ、やはり糖尿病の既往を有する患者に対する高カロリー輸液の管理に問題があるとのことでした。そこで、相手方病院に対し任意交渉や民事調停を行ったのですが、相手方病院は責任を否定し続けたので、やむなく訴訟をすることになりました。相手方病院は、訴訟でも、患者のインスリン抵抗性が高いことを知らなかったこと等を根拠に、過失を否定する主張を繰り返すばかりでした。裁判所からは、判決直前の時点で和解案が示され、相手方病院の過失は認められるものの、過失と患者の死亡との因果関係まで認めることは困難であるとの心証が示されました。もっとも、死亡時点でなお生存していた相当程度の可能性はそれなりの確率で認められるとの心証をもっているとのことで、最終的に、裁判所が、和解案として800万円という数字を示し、双方がこれを受け入れることとしたため、訴訟上の和解により解決することとになりました。
本件は、2型糖尿病の既往という、血糖値コントロール能力の異常が容易に想定される患者に対し、インスリン混注によるコントロールはおろか、高カロリー輸液開始時の数時間おきの血糖値測定も行わないなど、医療者に血糖コントロールに対する意識が完全に欠落しているとしか思えない事案でした。相手方病院は、反論の中で、低血糖を恐れていた旨の反論が強調されていましたが、もし本当にそうだったのであれば、恐れていた低血糖状態になっていないかを確認するために頻回の血糖値測定が行われていてしかるべきと思われます。しかし、相手方病院では、頻回ではなく24時間おきの血糖値測定指示しかしていなかったことから、低血糖を恐れていたというのも稚拙な後付けの言い訳のようにしか感じられませんでした。本件は、依頼者さんの承諾のもとで、ここまでの内容を公開させていただいています。相手方病院だけでなく、全国の医療機関で、また、糖尿病専門医に限らず一般的な内科医も含めて、血糖コントロール能力の異常が想定される患者に対する高カロリー輸液時の血糖コントロールについて十分に注意を払っていただき、本件と同じような、高血糖状態に陥らせるような被害が生じないことを切に願う次第です。なお、裁判所の心証として、過失と死亡との因果関係まで認めてもらえなかったことは残念でしたが、「相当程度の可能性」が認められた場合の損害額(数百万円台前半とされてしまうことが多い)としては比較的高額の損害を認めてもらえた事案であると思われます。