この事例の依頼主
50代 女性
相談前の状況
母親が、ペースメーカーの新規取り付け手術を受けた際,医師が静脈を通して患者の(体中の静脈血が集まり心臓の入り口となる右心房につながる場所で,左心室に比べて圧力が小さい)右心室にリードを入れるべきところ、誤って動脈を通して(動脈血を送り出すため圧力が高い)左心室にリードを取り付けたため、そこから手術後に血栓が発生し、それが血流によって脳に運ばれて患者が脳梗塞となり(左前頭葉脳梗塞・同出血性脳梗塞、両側小脳梗塞、左後頭葉梗塞)、高次脳機能障害の後遺障害が残存した。どのように賠償交渉をすればよろしいでしょうか。
解決への流れ
高次脳機能障害の被害を受けた母親は、ケアの必要な夫を抱えていたため、夫の介護が期待できず、早期賠償問題を解決して、ヘルパーの協力などを得て生活を立て直す必要があったことから調停を申し立てて、早期解決を目指して、和解が成立しました。しかし、今回の事故以来体調を崩した夫や両親のフォローをしていた子の1人が他界するなどしました。医療事故の発生はその後の家族のあり方に大きな影響を与えることを肝に銘じて医療者の方々には日常の医療に当たって戴きたいと思いました。事故の再発防止のため病院側にマスコミへの事故の公表を希望していましたが、病院側では、短期間ですが、病院のWebサイトに事故の報告記事を掲載して戴けました。また、その記事をみた地元新聞が紙面でかなり大きく記事として取り上げてくれました。事故再発防止を望む家族の希望がある程度叶えられたのは幸甚でした。
医療事故であることが明らかな案件でしたので、被害者家族が申立人となって、民事調停を申立て、高次脳機能障害の程度や損害に関して意見を交わし、裁判所から調停案が示され、合意に達して和解が成立したのは、よかったと思います。私は、人権大会実行委員会の一員として視察したドイツ医師会の調停制度、医療事故問題研究会有志で視察した韓国の医療事故についての調停裁判所で得た知見から、医療事故については、基本的に全件民事調停を申し立てています。民事調停手続は、任意交渉や訴訟手続とは異なり手続上和解という目標に向かっての裁判所の権威と調停委員会の主導の下で、迅速に話し合いが行われるので、有責案件の解決については非常に有益なツールであると感じているからです。先の視察では、調停委員会の少なくとも1人には、医師が就任することが最も手続の信頼を得る手段であると考えられたましたが、日本では簡易裁判所の民事調停制度のみがその要件を満たしうる手続です。そして、幸運なことに、札幌の民事調停では、伝統的にほぼ全科を網羅する多くの医師が専門委員として選任されています。調停委員の中には医学部の教授、名誉教授も含まれています。医療調停では、相手方病院側の見解の他、専門委員からの率直な見解を聞くこともできます。そうすることで、当該案件が、訴訟しても解決すべき事案か、訴訟を断念すべき案件かも判断がつきます。有責で合意できれば、訴訟をせずに解決ができる。仮に、調停はできなくても、訴訟すべき案件と判断された場合は、すでに争点が整理されているので、訴訟が開始されても進行がスムースになるというメリットもあります。その意味で、調停制度は、医療側にとっても、患者側にとってもとても利用価値のある制度だと思っています。現在の裁判制度は、余りにも時間もかかり費用もかかります。民事調停は医療紛争の迅速な解決に最も適した手続の一つであると考えています。工夫次第で、日本版医療調整裁判所を作り上げていくことも可能ではないかと考えています。