犯罪・刑事事件の解決事例
#知的財産・特許

元顧問税理士に預けていた書類の取戻し-動産引渡断行仮処分を用いた一事例

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川村 和久 弁護士が解決
所属事務所川村・藤岡綜合法律事務所
所在地大阪府 大阪市西区

この事例の依頼主

年齢・性別 非公開

相談前の状況

長年お付き合いのあるクライアント(中小企業)の社長から久々にご相談がありました。その内容は、顧問税理士に税務申告等を依頼していたところ、税理士が全く作業をしてくれないので契約を解除したが、預けてある書類(請求書や領収書関係、現金出納帳、クレジットカード明細、売上日計表その他)を一向に返してくれない、書類を返してもらえないと別の税理士に依頼するにしても税務申告ができず、予定している銀行融資も受けることができなくなると大変なことになるので何とかならないか、というものでした。最初お聞きしたときはそんな税理士がいるものかと驚きましたが、とにかくクライアントにとっては一大事です。事情をお聞きしていくと、その税理士さんは自宅兼事務所で一人で開業し、事務員さんも雇用していないようでした。私は相談を受けた後、当初任意に返還を受けるための話し合いをすべく、文書や電話で連絡を試みたり、直接談判しようと事務所に赴いたりもしたのですが、自宅兼事務所のインターフォンを鳴らしてもだれも応答せず、コールバックもなく全く連絡がとれず埒が明きません。クライアント自身ここ数カ月連絡がとれておらず、安否すら分からず、失踪の可能性もあるのかと疑われるような状況でした。

解決への流れ

この段階で裁判を起こしても、全く迂遠で、時間が間に合わず、何の解決にもなりません。手元の文献を紐解いても、このような「非典型事例」にまで言及してくれているような配慮の行き届いた?本なども容易に見当たりません。そこで、色々思案した結果、ともかく「動産引渡し断行の仮処分」の手続を申立ててみることにしました。仮処分は、本来本訴の前に暫定的に権利を保全する手続ですが、この類型(断行の仮処分)では、本訴を待たずに実質的に権利を実現してしまうものであり、このような事案で本来の威力を発揮してくれるはずです。一般に、典型事例として「建物明渡断行の仮処分」などが良く知られています。結果としては、この手続を利用することで迅速に書類を取り戻すことができ、これらを新しい税理士さんに引き継いで、税務申告を無事終えることができ、非常に安堵しました。具体的な経過は次のとおり。裁判所に「動産引渡断行仮処分命令の申立て」を行う。申立ての趣旨は、「債務者は債権者に対し、別紙物件目録記載の書類を仮に引き渡せ」というものです。別紙物件目録には、「1 債権者が債務者に対して引き渡した平成XX年4月1日から平成XX年3月31日までの期間の事業年度にかかる債権者の経理資料一切(請求書一式、領収書一式、クレジットカード明細一式など)2 債務者の保管する上記期間の事業年度にかかる債権者の総勘定元帳」と記載。被保全権利は、「所有権に基づく物権的返還請求権」、保全の必要性は、「後日本案訴訟で勝訴判決を得ても、債務者の現在の状態からすれば、上記書類がその時点で紛失してしまっていたり、債務者の悪意により破棄されたりする可能性もあるし、なによりも、債権者らの今期の決算書類の作成及び税務申告には上記書類が必要であるところ、これを現在の税理士に委託して適正に処理するためには遅くとも5月半ばくらいにはこれらの書類を取り戻さなければ、5月末日限りの税務申告に間に合わず、銀行融資を受けるにも支障を来たすほか、債権者らの対外的な信用に極めて深刻な悪影響が生じるおそれが高い。」と主張しました。裁判官面接がありましたが、債務者審尋もなく、担保も低額の5万円で、ほぼ申立てどおりに発令を得ました。執行官に保全執行の申立てを行い、執行当日、執行官、立会い業者とともに現地(事務所兼自宅)に赴きました。債務者は不在でしたが、父親が応対し、その案内で2階のの仕事部屋に赴くと、机や床、パソコンのキーボードの上などあちこちに書類が積み上げられたり、散乱している状況。クライアントごと、書類の種類ごと等に全く整理されてなどおらず、これでは、細かな数字を扱い、正確な作業を要する税務書類などきちんと作成できるわけがないと思わざるを得ないような状態でした。あちこちに散乱し、あるいは山積みとなっている書類の海の中から、段ボール箱2箱分くらいの書類を、汗だくになって探し出して執行(なお、その場で全く整理できてない状態でとりあえず箱に入れていった状況)。一つ一つの書類を特定するのは無理なので、目録には、すべて「請求書一式」等々と記載。保全した書類については、決定では「執行官保管」との決定であるが、「保管替」により債権者代表者が保管することに(要するにこちらに渡してくれたのです)。しかしながら、上記の作業によっても明らかに完全には資料を引き上げられてはおらず、翌日、父親から話を聞いた債務者から私宛電話連絡が入ったため、その電話にて任意に交渉し、残りの資料の引き渡しを受け、結果的にほぼ書類は取り戻すことに成功しました。

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川村 和久 弁護士からのコメント

本件で裁判所は債務者を審尋せず、つまり債務者の言い分を聞くことなく仮処分決定を出しています。そんなことがあるのかと驚かれる方もおられるかもしれません。本来は、「仮の地位を定める仮処分(民事保全法23条2項)」では、原則として、双方審尋期日(債権者及び債務者の両方から事情を聞く手続)を開いたうえで裁判所が発令することになっています(同法23条4項)。本件は、本訴の前に、仮処分で債権者の請求(動産の引渡し)を実質的に実現してしまう手続であり、「断行の仮処分(満足的仮処分)」ともいわれます。債務者に重大な不利益を及ぼす可能性が高いため、事前に告知聴聞の機会を与えられるのが原則です。ただ、その「例外」として、①債務者に対し審尋期日の呼出しをすることによって、債務者が動産を隠匿するなど、執行妨害に及ぶ蓋然性が高いと認められる場合(例えば、目的物の処分・隠匿が極めて容易な場合)や②極めて緊急性が高く、口頭弁論又は債務者審尋の期日を経ていたのでは、仮処分命令を発令したとしても、その実効性が失われてしまう場合(例えば、目的物が食料品のように早急に売却する必要がある場合)には、裁判所の判断により、双方審尋を経ずに発令することもあるのです(民保23条4項ただし書)。本件では①に該当するということで、債務者審尋を行わずに速やかに決定が発令されました。また、本件では、裁判所の仮処分命令1本で、執行官がある日突然事務所にやってきて、本人不在のまま勝手に「家探し」をされてしまったような状況です。こちらも驚かれた方がおられるかもしれません。この点、上記の「動産の引渡しの仮処分」の執行としては、「直接強制」及び「間接強制」が可能とされています(民事執行法173条)。このうち、「直接強制」の方法とは、「執行官が債務者の目的物に対する占有を解いて、又は目的物を取り上げて、債権者にその占有を取得させ、又は引き渡す方法(民保52条1項、民執168条1項、169条1項)」をいいます。本件では、この「直接強制」の方法がとられました。その執行方法は、民執169条2項が、同123条2項などを準用(動産執行の場合と同様)しており、執行官が、債務者の住居その他債務者の占有する場所に立ち入り、その場所において、又は債務者の占有する金庫その他の容器について目的物を捜索することができることになっています。また、必要があるときは、閉鎖した戸及び金庫その他の容器を開くため必要な処分をすることができますし、さらには、債務者の抵抗を受けるときは、威力(実力)を用いあるいは警察上の援助を求めることもできる(民執6条1項)のです。本件はこのような法律の条文に基づき、全く適法に執行されたものなのです。さて、確かに債務者の立場に立ってみると、債権者側の一方的な主張や証拠のみで、審尋も行われず(裁判所から事情も聞かれずに、不意打ち的に)、ある日突然勝手に住居内に入られて、家探しされてしまうという、結構「恐ろしい」手続ではないかとも思われます。しかし、このような事態を招いたのは、クライアントからの再三の連絡に応じなかった債務者の自業自得という他ないのではないでしょうか。クライアントにとっては、このままでは銀行融資の話も失くなってしまい、重大な不利益を被るところでした。やはり、日頃から他人に対し何事も誠実な応対をしていなければ、いざというとき法律は味方してくれないものだと認識しておくのが無難なようです。そして、逆も真なり、というのが私のこれまでの弁護士経験から得た教訓でもあります。