退職したいのですが、会社が「多忙」を理由に退職届を受け取ってくれませんーー。
そんな相談が弁護士ドットコムに寄せられています。
相談者は、現在勤めている会社で半年近く働いていますが、ハローワークの求人票は「月5時間程度の残業」とあったにもかかわらず、実際には1日4〜5時間もの残業があり、徹夜する日もあるそうです。
週末も休めず、自宅で仕事をさせられており、「仕事の量を減らしてほしい」と頼んでも、「仕事の仕方が悪い」と取り合ってくれません。
こうした過重労働に加えて、パワハラも受けているといいます。書類を1文字間違えただけで、机を蹴られたり、怒鳴られたりします。ひどい時には、電車の中や駅など公共の場で、長時間叱責されることもあります。
相談者は、退職したいと強く考えて、その意思を会社に伝えましたが、「今は忙しいから」と言われ、退職届を受け取ってもらえていないまま2カ月が過ぎてしまったそうです。
相談者には、転職先の内定もあり、翌月には辞めたいと考えているようですが、どうしたら退職できるのでしょうか。労働問題にくわしい高橋寛弁護士に聞きました。
●労働者はいつでも退職の申入れが可能
——会社は、「仕事が忙しい」ことを理由に退職を断ることに法的な問題はないのでしょうか。
期間の定めのない雇用契約の場合、労働者はいつでも雇用の解約(退職)の申入れをすることができ、退職の申入れから2週間の経過によって雇用は終了します(民法627条1項)。
なお、退職日が申入れ日から2週間よりも短くならなければ、労働者の側から「1カ月後の●月●日に退職します」というように、2週間よりも退職日を先にすることも可能です。
したがって、会社は、労働者から退職の申入れ(退職届の提出)があった場合には、「仕事が忙しい」等の理由で退職を断ることはできません。
一方で、1年間の雇用などのように期間の定めがある契約の場合、契約期間の途中で労働者の一方的な意思表示によって退職をすることができるのは、「やむを得ない事由」がある場合に限られることに注意する必要があります。
なお、期間の定めがある契約であっても、契約期間が1年を超える契約の場合は、労働基準法137条により、労働契約の開始から1年を経過した後は理由を問わず退職することができます(一定の事業の完了に必要な期間を定めるものを除きます)。
●悪質な会社には「内容証明郵便」で送る方法も
——会社が退職届を受け取らない場合でも、退職することは可能でしょうか。その場合、相談者はどのように対応すれば良いのでしょうか。
退職の申入れは、それが会社に到達したときから有効になります(民法97条1項)。ここでいう「到達」とは、その意思表示の内容を相手が知ることができる状態に置かれたことを指すとされています。
つまり、上司の机の上に退職届を置くという方法でも会社は退職届の内容を知ることができますから、有効に退職の申入れがされたということができます。
ただし、悪質な会社の場合、後になって退職届を受け取ったことを否定してくる可能性もあります。そのような場合に備えて、メールや送信記録付きのFAXで退職を会社に通知して手元に控えを取っておいたり、1500円前後のお金がかかってしまいますが「配達証明」付きの「内容証明郵便」を郵便局から送ることも考えられます。
●パワハラで退職、雇用保険で有利になる可能性
——相談者の会社は、そもそもハローワークの求人票の条件と実態が乖離していたり、パワハラが横行しているとのことですが、この会社自体に法的な問題はないのでしょうか。
虚偽の条件を提示して労働者の募集を行ったり、虚偽の条件を提示してハローワークに求人の申し込みを行った場合、職業安定法違反として罪に問われる可能性があります(職業安定法65条9号、10号)。
虚偽かどうかの立証は簡単ではないですが、求人票の条件と実態が乖離しているというのは問題があるといえます。
パワハラが横行しているというのも、もちろん問題があります。事業主は、雇用管理上の措置として、パワーハラスメントを行ってはならない旨の方針を明確化し、労働者に周知・啓発することなどが求められています(労働施策総合推進法[略称]30条の2第1項から3項、令和2年厚生労働省告示第5号)。
パワハラが横行している状況というのは、こうした事業主の義務の観点からも問題があるといえます。
また、自ら退職届を提出して退職した場合は、雇用保険の扱い上、いわゆる会社都合退職よりも不利に扱われることがありますが、「上司、同僚等からの故意の排斥又は著しい冷遇若しくは嫌がらせを受けたことによって離職した者」については、いわゆる会社都合退職と同様に扱われます。
嫌がらせなどを受けたことをハローワークに認めてもらう必要がありますが、パワハラを理由に退職を余儀なくされた場合には、雇用保険の扱いで有利になる可能性もありますので、証拠や証言をしてくれる人を確保しておくのが良いでしょう。