11227.jpg
福岡中学生2人殺傷事件、「心神耗弱」で刑は軽くなる?  責任能力の判断基準を解説
2025年09月18日 11時14分

2024年12月、北九州市のマクドナルドで中学3年の男女2人を殺傷した容疑者の男性について、福岡地検小倉支部が2度にわたる精神鑑定を実施し、最終的に「心神耗弱」状態として起訴する方針を固めたと西日本新聞(9月14日付)が報じました。

報道によると、容疑者は面識のない被害者らに対し「笑われたと思った」と動機について供述しているそうです。

また、精神鑑定は2度にわたり実施。1度目の鑑定では刑事責任能力に問題はないとの見解が示されました。2度目の鑑定では、容疑者に「妄想」の症状があり、これが事件に一定の影響を与えたものの、完全に責任能力を失うほどではなかったと結論付けられたといいます。

SNSなどでは「なぜ厳罰を問えないのか」という声も上がっています。精神疾患を抱える被告の刑事責任はどのように定められているのでしょうか? 

2024年12月、北九州市のマクドナルドで中学3年の男女2人を殺傷した容疑者の男性について、福岡地検小倉支部が2度にわたる精神鑑定を実施し、最終的に「心神耗弱」状態として起訴する方針を固めたと西日本新聞(9月14日付)が報じました。

報道によると、容疑者は面識のない被害者らに対し「笑われたと思った」と動機について供述しているそうです。

また、精神鑑定は2度にわたり実施。1度目の鑑定では刑事責任能力に問題はないとの見解が示されました。2度目の鑑定では、容疑者に「妄想」の症状があり、これが事件に一定の影響を与えたものの、完全に責任能力を失うほどではなかったと結論付けられたといいます。

SNSなどでは「なぜ厳罰を問えないのか」という声も上がっています。精神疾患を抱える被告の刑事責任はどのように定められているのでしょうか? 

●「心神耗弱」認定の法的な意味とは

刑法第39条では、「心神喪失者の行為は、罰しない。心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する」と規定されています。

心神耗弱とは、精神の障害により、事物の理非善悪を弁識する能力(事理弁識能力)または弁識に従って行動する能力(行動制御能力)が著しく減退した状態をさします。

おおざっぱにいうと、「事理弁識能力」とは、自分の行動を「悪いことである」と理解する能力です。「行動制御能力」とは、「悪いことだからやめなければ」と判断して、悪いことをしないという行動ができる能力です。

今回のケースでは、容疑者に妄想症状があったものの、殺人が悪いことであるという認識や、その認識に基づいて行動を制御する能力が完全に失われていたわけではないと判断されたものと考えられます。

法律上は、心神耗弱が認められた場合、殺人罪の法定刑(死刑または無期もしくは5年以上の拘禁刑)から刑が減軽されることになります。

ただし、これは無罪を意味するものではなく、依然として刑事責任は問われます

●精神鑑定は裁判でどのように扱われるのか

「医師の鑑定結果に裁判所は従わなければならないのか」という点について、多くの人が疑問に思うでしょう。結論からいえば、裁判所は鑑定結果に法的に拘束されません。責任能力の最終的な判断は、あくまで法律判断として裁判所に委ねられています。

少し専門的な話になりますが、先に書いたとおり、責任能力の判断では、「精神の障害」により、「事理弁識」「行動制御」の能力が欠けていたかどうかを判断するわけです。

そして、その判断の資料として提供されるのが鑑定です。裁判所は、鑑定の医学的見解を踏まえつつ、責任能力の有無を判断します。

ただし、医学的・心理学的な部分については、精神科医の鑑定の専門性がある程度尊重されるべきでしょう。

最判平成20年4月25日は、精神の障害の有無・程度については、専門家である精神医学者の意見が鑑定として提出された場合、鑑定人の公正さや能力に疑いが生じるなど合理的な事情がない限り、その意見を十分に尊重して認定すべきとの判断を示しています。

話が難しくなってきましたが、おおざっぱに理解するなら、

1)「精神の障害」があるかどうかは、医学的な判断が必要
2)その障害のために、「事理弁識能力」や「行動制御能力」が影響を受けたかどうかは、心理学的な判断が必要
3)その結果として「事理弁識能力」や「行動制御能力」が欠けていたり、著しく減退していたかというのは、法的な判断

という関係にあります。

1)や2)の判断については、精神科医などの専門性が尊重されるべきだ、と考えると少しわかりやすいのではないでしょうか。(実務はもう少し分析的に検討します)

逆に、鑑定書が3)について言及していても、その部分については法的評価の問題ですから、裁判所や、起訴をするかどうか判断する検察官にとっては、あまり参考にならないと思われます。

このように、医師は医学的な事実を、裁判所は法的な判断をそれぞれ担当する役割分担をしているといえます。

●なぜ精神疾患があると刑が軽くなるのか

「精神疾患があっても人を殺した事実は変わらないのに、なぜ刑が軽くなるのか」 という疑問を持つ方は多いでしょう。これは刑法の根本的な考え方に関わる問題です。

刑法は、行為者が「規範意識を働かせ、規範に従って行動できる能力」がある場合にのみ刑事責任を問うという考え方に基づいています。つまり、「悪いことだと分かっていて、それを止めることもできたのに、あえて犯罪を行った」場合に刑罰を科すのが原則です。

精神疾患により判断能力や制御能力が著しく低下していた場合、その人に対して通常と同じ非難を向けることが適切かという問題になります。心神耗弱の場合でも刑事責任は問われますが、精神状態を考慮して刑が減軽されるのは、こうした考え方に基づくものです。

今回の事件でも、妄想症状が犯行に影響を与えていたとしても、基本的な善悪の判断や行動制御能力が完全に失われていたわけではないため、心神耗弱として減軽はされるものの、依然として重い刑事責任が問われることになると考えられます。

新着記事
一般的なニュースのサムネイル

同性婚訴訟、東京高裁が「合憲」判断 全国で唯一判断割れる結果に…弁護団「きわめて不当な判決だ」

性的マイノリティの当事者が、同性同士が結婚できないのは憲法に反するとして、国を訴えた裁判(東京2次訴訟)の控訴審で、東京高裁(東亜由美裁判長)は11月28日、現行法の規定を「合憲」と判断した。

一般的なニュースのサムネイル

最高裁で史上初の「ウェブ弁論」、利用したのは沖縄の弁護士「不利益にならない運用を」

裁判の口頭弁論をオンラインで実施する「ウェブ弁論」が今月、初めて最高裁でおこなわれた。

一般的なニュースのサムネイル

夫の「SM嗜好」に苦しむ妻、望まぬ行為は犯罪になる?離婚が認められる条件は?

パートナーの理解を超えた「性的嗜好」は、離婚の正当な理由になるのでしょうか。弁護士ドットコムには、そんな切実な相談が寄せられています。

一般的なニュースのサムネイル

国分太一さん「答え合わせしたい」日テレの拒否は「適正手続」の観点から問題?

コンプライアンスの問題を理由に番組を降板し、活動を休止していた元TOKIOの国分太一さんが、11月26日に東京霞が関で記者会見を開きました。

一般的なニュースのサムネイル

国分太一さん「録音の削除求められた」消さないと違法だったの?弁護士が解説

解散したアイドルグループ「TOKIO」の国分太一さんが11月26日、東京都内で記者会見を開き、日本テレビ側から番組降板を告げられた際、会話を録音しようとしたところ、同席した弁護士からデータの削除を求められたと明らかにした。一般論として、法的に録音の削除に応じないといけないのだろうか。

一般的なニュースのサムネイル

「サケ漁はアイヌ文化の主要な部分」日弁連、アイヌ施策推進法の改正求める意見書

日本弁護士連合会(日弁連)は11月20日、「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律」(アイヌ施策推進法)の5年見直しに際し、アイヌ集団の権利保障やサケ漁の権利の法整備などを求める意見書を公表した。同法附則第9条の見直し規定に基づき、文部科学大臣や農林水産大臣など関係機関に提出した。

もっと見る