国内の特殊詐欺被害は大幅な増加傾向にある。
警察庁の発表によれば、今年7月末時点ですでに、過去最悪だった前年の年間被害額718.8億円をすでに超え、722.1億円を記録した。
特殊詐欺は、財産を奪うだけでなく、家族から責められることで、被害者を二重にも苦しめる。
希死念慮のある人や、自死遺族からの悩みや相談にのるNPO法人「自殺防止ネットワーク風」は、そうした特殊詐欺などの被害者たちから、「死にたい」と連絡を日々うけている。
理事長の篠原鋭一さんは、加害や被害の背景にある「孤立」の問題を解決しなければならないと説く。(弁護士ドットコムニュース編集部・塚田賢慎)
●被害に遭った父親を責めた女性からの電話「申し訳なかった。私も死んで父に謝りたい」
(※記事には心がつらくなるような相談の描写もあります。無理に読まないでください。)
千葉県成田市にある寺の住職で、NPO法人「自殺防止ネットワーク風」理事長の篠原鋭一さんは、1995年から希死念慮のある人、自死遺族からの相談にのることを始めた。
サイトで電話番号を公開している篠原さんのもとには、1日に10件もの着信が届く。寺にやってくる人もいる。365日24時間関係ない。本業があるので、電話を取れるのは多い日に6件ほどだという。
9月10日の「世界自殺防止デー」の自殺予防週間が始まると、さらに電話が増える。
篠原さんによれば、自殺に心が傾いている状態の相談者のうち、原因に特殊詐欺が関係しているのは、1か月に5件程度。
警察庁が9月に公表した特殊詐欺の被害概要によれば、今年7月末時点で、特殊詐欺は認知件数1万5583件(44.9%増)、被害額は722億円(153.9%)に上った。いずれも前年同期比で大幅に増加している。※()内は前年同期比。
相談者からの電話が届くスマホを手に
今年3月下旬にも、60代の女性から電話があった。オレオレ詐欺で200万円を奪われた80代の父親が死んだという。
孫になりすました相手から「会社の売上でギャンブルをした。2度としないから200万円貸してほしい」と頼まれ、高校時代の友人を名乗る受け子に金を渡してしまったそうだ。
「家族が父を激しく責めた。次の日から対話がなくなり、1週間後に自死をしていた。近所には隠している。申し訳なかった。私も死んで父に謝りたい。どんなに寂しかったか」(女性との電話相談メモから)
午前3時半に鳴った電話は1時間弱続いた。篠原さんからは、このように伝えた。
「お父さんの、孫のためなら、家族のために役立ちたい、その思いを認めて、ありがとうと言い続けて生きていく、お父さんは犯罪者じゃない」
●孤立する高齢者の心の隙間に、詐欺師の言葉は入り込む
「1995年から相談を始めたが、特殊詐欺の手口は多様化し、被害はなくならない。被害者が自らの行為を恥じることも、被害者が家族から責められることも変わらない」(篠原さん)
背景にあるのは、社会に広がる孤立、特に高齢者の孤立だと指摘する。
「遠方で暮らしている人も、3世代同居であっても、子どもや孫との縁は薄い高齢者は少なくない。家族のピンチを知り『私が役に立つ時が来た』となけなしの預金をあっという間に渡す」
「風」相談者からうけた電話の記録
今年4月、70代の女性が電話口で「主人のところに逝きたい」と涙した。
この女性は「コンビニを経営する娘夫婦の倒産危機」を伝えられて、亡夫が残した200万円を受け子に手渡したという。
「娘の嫁ぎ先の両親からなぜ確認しなかったのかと責められ、娘たちが飛んできて『バカ』とか『ボケ』と言われた。確かに私もバカでした。だまされた私が悪い。お金もなくなりました」(女性との電話相談メモ)
2015年にも、60代の女性が電話してきた。振り込め詐欺で500万円の被害に遭った夫を「あなた認知症じゃない!」と家族が責めたところ、海に入って死んでしまったという。
「風」相談者からうけた電話の記録
家族を思って金を出してしまった被害者を責めてはいけないと篠原さんは、説く。
「被害者は死んでしまいたいと泣く。ところが本当に死んでしまうと、今度は被害者を責めていた家族が悔やんで、後追い自死も起こる」
●「人を殺した金」で食べる焼肉の味はうまいか?
崩壊した家族や自死した人を見続けてきた篠原さんは、特殊詐欺を「間接殺人だ」と表現する。
コロナ禍の前まで、特殊詐欺に加担して刑事施設に収容されている大人や少年たちの前で講演する機会があった。
篠原さん
少年院の少年たちは「結末として亡くなった人がいるんだよ。間接殺人だよ。どう思う」と問いかけられ、静まるそうだ。
「少年院に入った元受け子の少年に聞けば、被害者から受け取った金の1割が手に入るらしい。その金で高級焼肉店に行ってたらふく食べて、その後カラオケ行ってどんちゃん騒ぎをしたと話していた。でも、そんな最高級の肉が本当においしかったかと聞くと、彼らはまた黙っていた」
ときには仕事を紹介するようなこともある。少年院を出たら、正しい手段で得たお金で食事をしてほしいと伝えている。
記憶に強く残っているのは、罪を犯した彼らが「特殊詐欺は仕事だと思っている」と語っていたことだ。
「虐待や貧困、不健康、両親不在など様々な要因で孤立する。社会の歪みのなかで多感な時期を過ごしている。
出た後にまっとうな仕事に就けても、あいつは少年院上がりだと告げ口されたりして、すぐクビにされることもある。そのときのために、特殊詐欺グループとつながりを絶たない」
つまり、特殊詐欺は「仕事」にも、何かあったときの「福祉」にもなりえてしまっている。
「詐欺師たちは加害者も被害者も孤立している人を見つけるのが本当にうまい」
●自己責任の横行する社会に問題があるのではないか
相談者の記録に目を通す篠原さん
特殊詐欺の末端でも、警察は厳しく摘発する。裁判になれば初犯であっても執行猶予がつけられず、実刑になることも少なくない。
「警察は詐欺の犯罪者を取り締まるという方法論に躍起になってますよね」
ただ、根本的な問題解決はそこなのか、と篠原さんは言葉を続ける。
「なぜこうした問題がなくならないのか。経済的貧困というだけでは片付けられない背景があって、そのひとつが高齢者の孤立だし、騙された人の自己責任で片付ける社会構造だ。
騙された人は必ず『私は騙されないと思っていた』と言う。誰もが騙される可能性があるということだ。
なのに、騙された人が責められる。人が孤立する社会構造をつくった連帯責任ですよ」
篠原さんは特殊詐欺に関与した少年たちにはボランティアの参加をすすめている。
「誰か手をのばしてくれる人がそこにはいる可能性が高いから」
もし最近連絡が取れていない家族がいたら、なんでもいいから声をかけてみてはどうか。
篠原さんが住職をつとめる寺の天井絵