妊娠目的以外の性交渉を妻から拒否されていて、セックスレスの状態が続いているーー。こうした相談が弁護士ドットコムに寄せられました。
夫婦間に性交渉がない、いわゆる「セックスレス」は、離婚の際にはしばしば論点となります。性交渉の拒否は、法律上、離婚原因や慰謝料請求の根拠となるのでしょうか。
●セックスレスは裁判上の離婚原因になり得るか?
夫婦間のセックスレス(正当な理由のない継続的な性交渉の拒否)は、民法が定める裁判上の離婚原因(民法770条1項)のうち、「その他婚姻を継続し難い重大な事由」(同項5号)に該当する可能性があります。
民法770条1項5号は、夫婦の婚姻関係が破綻し、修復の見込みがないと裁判所が判断した場合に離婚を認めるための規定です。
夫婦生活における性交渉について、最高裁(最判昭和62年9月2日)は「婚姻の本質は、両性が永続的な精神的及び肉体的結合を目的として真摯な意思を持って共同生活を営むことにある」と述べているように、重要な要素とされています。
そこで、「病気や老齢などの理由から性関係を重視しない当事者間の合意があるような特段の事情のない限り、婚姻後長年にわたり性交渉のないことは、原則として、婚姻を継続し難い重大な事由」にあたり、離婚原因にあたると考えられます。(京都地裁昭和62年5月12日)
ただし、単に性交渉がないという事実だけで直ちに離婚が認められるわけではありません。個人の性的自由は夫婦間でも尊重されますし、強引に性交渉を行えば夫婦間でも不同意性交罪が成立します。
離婚が認められるかどうかはケースバイケースになりますが、その際には没交渉の期間や拒否の理由などが考慮されるでしょう。たとえば一方的な性交拒否が、愛情が全く存在しないことを示すようなものである場合などであれば、離婚原因として離婚が認められる可能性が高いと考えられます。
●セックスレスは慰謝料請求の根拠になるか?
離婚の場合における慰謝料請求権について、最高裁は「相手方の有責不法な行為によって離婚するの止むなきに至ったことにつき、相手方に対して損害賠償を請求することを目的とするもの」であり、その離婚原因となった相手方の行為が、特に身体、自由、名誉等の重大な法益侵害となり不法行為の成立する場合のみに慰謝料を請求できるというものではないと述べています(最判昭和31年2月21日)。
夫婦の一方が性交渉を行わないことについて有責性が認められ、これを原因として婚姻が破綻し離婚に至った場合には,性交渉を行わないことが慰謝料の請求原因となり得ることとなり、実際に慰謝料請求を認める裁判例が数多くあります。(参考文献1参照)
裁判例においては、単に性交渉を拒否しただけで「有責性」が認められる、というわけではなく、暴言や暴力などの他の事情と相まって有責性が認められているケースが多いようです。また、裁判例で問題となっているケースでは、夫婦間で性交渉がないことで、いずれかの配偶者が第三者と不貞を行っているケースも多々見受けられます。
●実際にいくらくらい請求できるのか?
前述のように、裁判例ではセックスレスだけではなく複合的な要因が重なって慰謝料請求が認められているため、「セックスレスの慰謝料は●●円」という形で示すことは不可能であることを前提に、いくつかの裁判例をご紹介します。
東京地判平成29年8月18日:
婚姻中に性交渉その他の性的接触がなかったことにより、婚姻関係が破綻したとして、妻から夫に対する50万円の慰謝料請求を認めました。
岡山地裁津山支判平成3年3月29日:
昭和61年9月に結婚したが、妻が婚姻後から性交渉を拒否し、昭和63年6月に協議離婚したケースで、慰謝料として150万円の損害を認めました。
京都地判平成2年6月14日:
昭和63年4月に婚姻届出をしたが、6月に家を出て別居、7月に協議離婚をしたが、その間一度も性交渉がなかったことについて、「婚姻生活が短期間で解消したのはもっぱら被告にのみ原因がある」として、諸般の事情を考慮した上で500万円の慰謝料を認めました。
これらの裁判例が示すように、認められる金額は個別の事情によりバラバラです。もちろん、慰謝料請求が認められないケースもあります(先ほども書いたとおり、夫婦間でも性的意思決定の自由は当然にあるわけですから、性交渉拒否が正当な理由に基づくケースも多々あるでしょう)。
上ではごく簡単な事例紹介にとどめていますが、実際には複雑な事情がありますので、金額や、それ以前にそもそも請求が認められるのか疑問がある場合には弁護士に依頼することをお勧めします。
●セックスレスを原因とした離婚を検討する場合に、何をすべきか?
性交渉拒否の期間とそのときの様子の記録:
性交渉がない状態がいつから、どのような理由で続いているのか、拒否に至るまでの経緯や相手の対応を詳細に記録しておくべきです。日記などでもかまいません。
夫婦間のコミュニケーションの証拠化:
性生活について話し合いを試みたが拒否された、あるいは話し合い自体を避けられたという事実を、メールやLINEなどの書面やデータとして残すことが証拠となりえます。
その他離婚に至った事情の証拠化:
性交渉拒否だけで離婚原因となることは少ないため、その他の事情があれば、メールやLINE、日記などで残しておくべきです。
弁護士への相談:
先にご紹介したように、セックスレスが離婚原因や慰謝料請求の根拠となるか、また金額がどの程度になるかは、個別の事案の具体的な事情によって大きく判断が分かれます。離婚問題に詳しい弁護士に相談することを強くおすすめします。
監修:小倉匡洋(弁護士ドットコムニュース編集部記者・弁護士)
(参考文献)
1)判例ケーススタディ いますぐ使える離婚事件実務(日本加除出版、2021年/第一東京弁護士会全期会)
2)離婚判例ガイド〔第3版〕(有斐閣、2015年/二宮周平、榊原富士子)
3)判例にみる慰謝料算定の実務(民事法研究会、2018年/升田純)