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執拗な誹謗中傷にあっても「この戦争に関する発信はやめない」 東野篤子教授が貫く思い
2024年12月22日 09時49分

国際政治学者で筑波大教授の東野篤子さんに対する誹謗中傷コメントをSNSに投稿したとして、侮辱罪に問われた40代男性に対して、水戸簡裁は10月、罰金30万円の略式命令を出した。

驚くべきは、この男性が茨城県警の現役の警察官だったことだ。男性はXに「見た目からしてバケモノかよ」と東野教授の画像を添付して投稿していた。しかし、これで一件落着ではなく、東野教授に対する誹謗中傷は今も続いている。(ライター・梶原麻衣子)

国際政治学者で筑波大教授の東野篤子さんに対する誹謗中傷コメントをSNSに投稿したとして、侮辱罪に問われた40代男性に対して、水戸簡裁は10月、罰金30万円の略式命令を出した。

驚くべきは、この男性が茨城県警の現役の警察官だったことだ。男性はXに「見た目からしてバケモノかよ」と東野教授の画像を添付して投稿していた。しかし、これで一件落着ではなく、東野教授に対する誹謗中傷は今も続いている。(ライター・梶原麻衣子)

●誹謗中傷していたのは現職の警察官だった

――投稿していたのが茨城県警の現職警察官だったことに、驚愕しました。

東野:問題の投稿は2023年6月にあり、2023年秋ごろには開示請求をしていたのですが、私は当時、海外に在住していました。海外にいると警察に赴いて調書を作成することもできず、刑事告訴もできないため、帰国後の今年4月に刑事告訴に踏み切りました。結果的に11月に略式起訴となり、相手は侮辱罪で30万円の罰金刑を受けました。

昨年末時点で開示請求が認められていたことは相手にも郵送で伝わっていたはずですが、それでも先方は中傷をやめませんでした。さらに私の勤務先に対する危険な書き込みもおこなっていたため、刑事告訴に至りました。相手は和解金による解決を求めてきましたが、一切応じませんでした。

告発当時、相手は生活安全課の警部でしたから、こちらの個人情報を容易に入手できる状況にあったのです。この点、茨城県警にも実際に相手が私の個人情報を得たかどうか等を確認していたのですが、結局、県警からの返事はないままです。

インターネット上の誹謗中傷対策を担っている警察が被害者よりも加害者である身内を守るという構図がある中で、警察が今後どの程度、中傷対策を講じられるのか疑問です。

●「それぐらいのことで」告訴するのか

東野:私が本件に関連して非常に残念に思ったことは、この刑事告訴に関する情報を断片的にしか把握していない人々が、「東野は多少容姿を貶されたぐらいで刑事告訴した」のであり「言論の自由を抑圧した」と私を非難したことです。容姿などの属性に対する中傷を「言論の自由」の範疇におさめて認めようとする主張なのでしょうか。

この刑事告訴に関して、報道で出てきた情報はごく一部です。表には出せない、私の口から説明できない情報も沢山あります。

それにもかかわらず、「有名税なのだから、多少の悪口はガマンしたらどうだ」、「自分に都合の悪いことを、刑事告訴によって隠そうとしているのではないか」などの憶測やほのめかしを、一部の方々から執拗に書き込まれました。

こういったいやがらせは今でもネット空間に残されており、私の社会的評判を毀損しています。

――東野先生ご自身のnoteにもありましたが、引っ越しやお子さんの進学先の変更まで検討せざるを得ない状況にあると。

東野:子どもからすれば、「ネットで母を誹謗中傷していた人がいるのはわかる。その相手が県内に住んでいることも理解できる。しかしそれでどうして自分の進学先まで変えなければならないのか」と納得がいかないでしょう。しかし仮に子どもが標的にされるようなことがあれば、一生悔やむことになります。

●「東野を出すな、出すなら見ない」との書き込み

――警察官の例に限りませんが、こちらは相手がわからない一方、相手はこちらのことを顔も、勤務先も知っている。その恐怖は想像を絶します。それにしても、学者という立場の方が、こうした陰湿な書き込みや誹謗中傷、粘着の対象になるのはなぜなのでしょうか。

東野:これは今に始まったことではありません。SNSでこそないものの、私が勤務する筑波大学では、1991年にサルマン・ラシュディの小説『悪魔の詩』を日本語訳した五十嵐一助教授が大学構内でテロの犠牲者になりました。発信者である以上、何らかの形で手を変え品を変え、暴力の対象になる可能性がある。いわば、古くて新しい問題です。

なぜ、中傷を繰り返すのかと言えば、やはり「キャンセル」が一つの大きな動機だと思います。自分の気に入らない人間はテレビに出したくない、新聞に出したくない、発言機会を与えたくない。

私が出演する番組のSNSアカウントが告知すると、「東野を出すな、出すなら見ない」「東野が出るのか、今からテレビ局に抗議する」などの書き込みをおこなわれることからもわかりますよね。私に発信の機会を下さっている番組に迷惑をかけていることを申し訳なく思っています。

●ネット上の誹謗中傷は巧妙化している

――茨城県警の警察官は、いわば「親ロシア」派で、文春オンラインの取材に対して「デジタルソルジャーとして戦っている」と答えていました。誹謗中傷も言論戦の一環だととらえているようです。

東野:彼はプーチンを崇拝していたことから、ロシアによる侵略を非難している私を標的にした面はあります。しかし、それそのものが問題なのではありません。自分とは意見の異なる研究者を、発言内容に言論で反論するのではなく、容姿や属性に対して執拗に攻撃しているところに問題があるのです。

より根深い問題もあります。警察官の事例では「バケモノ」などの書き込みが「一発アウト」だったために開示請求が可能であり、その他の書き込みの異常性も認められて刑事告発となりましたが、そうではない書き込みも山のようにあります。

ネット上の誹謗中傷は巧妙化していて、「どこまでやれば開示請求になるのか」「何を言ったら侮辱罪や名誉毀損になるか」というラインを知り尽くした人たちが、「ギリギリのやり方でいかに相手の社会的評価を毀損するか」「自身は中傷にならないラインで発信しつつ、いかに周囲のフォロワーたちに攻撃を仕向けられるか」を試している状況にあるのではないでしょうか。

たとえば一時、「東野が匿名のアカウントを使って自分の気に入らない人を攻撃している」と執拗にほのめかされたことがありました。

私は匿名アカウントは使っておらず、自分のアカウントのみで発信していますが、「私は匿名アカウントは持っていません」、あるいは「ご指摘のアカウントは私とは無関係です」ということを証明することは現状では不可能なんですね。

このため、こうした書き込みをされたらこちらは耐えるしかありません。彼らはそのことを十分に知り尽くしたうえで、いわば安全地帯から憶測を書き込み続けています。

――一方的に粘着され「キャンセル」に追い込むという手法が広がると、顔や実名を出して発信することに及び腰になる人も出て来そうです。

東野:私の長年の友人の女性研究者から、「あなたを近くで見ていたらあまりにひどい目に遭っているから、私は絶対にテレビ出演はしないしSNSもやらない」と言われました。優秀な研究者である友人が、私を見て発信を諦めたことについてやるせない思いを持つとともに、たしかに彼女には私のような目には遭ってほしくないとも思うのです。

論文や本を書くことで発信することはできるのだから、無理する必要はない、と。ただ私がここまでひどい目に遭っていなければ、彼女ももっと世の中に発信ができていたかもしれない、と残念にも思います。

●誹謗中傷はあっても、この戦争に関する発信をやめてはいけない

――東野先生のSNSやメディアでの発信が、ロシアによるウクライナ侵攻開始以降の日本の世論形成や情報環境の構築に影響を及ぼしたことは間違いない一方で、だからこそ「キャンセル」したい人たちが出てきてしまう。もちろん論文や専門書でも発信はできますが、読むのはなかなかハードルが高いです。

東野:私の発信が日本の世論に影響を与えたというのは過分な評価で恐縮しますが、そういったご評価は、私とは意見を異にする人々から「東野のような国際政治学者が日本を誤った方向に導いた」という、SNSで典型的に見られる非難と紙一重になりがちなのですね。

私ひとりの意見で日本の世論が動いたというのはよく考えればおかしな話で、結局のところ、様々な研究者の意見を聞いた皆さんが、受け取った情報を吟味し、比較考量して、自分の考えを形作っていくにすぎません。

しかし、「東野はメディア出演やSNSでフォロワーを焚きつけ、日本を誤ったウクライナ支援に向かわせた」と、私に対する苛立ちをSNSにぶちまける方が少なくありません。こうした指摘は、「一般の人々はどうせ自分の頭で考えることなどできず、目立つ人に無批判に同調することしか出来ない」と決めつけ、下に見ているのと同じです。

論文は論文で重要ですが、SNSやテレビと違って即時性に欠けます。「今日決定されたEUのウクライナ支援のポイントはなにか」をその日のうちに解説することで、視聴者の方々の解像度は上がりますよね。

また、「テレビで見たあの人の本や論文だから読んでみよう」と入り口を作ることにもなります。だからこそ、誹謗中傷はあっても、この戦争に関する発信をやめてはいけない、という思いを強く持っています。

メディアでの発信を控えるようになった場合、どういうことが起きるのか。私はどうしても2014年のロシアによるクリミア占領時のことを思い出してしまうのです。

当時は国際的にも強いロシア非難の声が上がらなかったことで、ロシアによるクリミアの占領を黙認する空気が日本の言論空間を支配しました。これはロシアに成功体験を与えることになり、これが2022年のウクライナ全面侵攻にもつながっています。

私は一介の学者にすぎませんが、2014年当時、死力を尽くしてロシアによるクリミア占領の不当性を訴えたかというと、全くもって努力が足りなかったと思います。世間に聞いてもらえるかどうかは全く別にして、もっと声をあげるべきだった。あの後悔を、もう二度と繰り返すまいと思います。

また、研究者の発信を恣意的な歪曲から守る必要も感じています。私は最初から一貫して、「ロシアからの不当な侵略を受けたウクライナが、国土防衛を続けることを選んでいる以上、国際社会はその意思を尊重し、支えるべきである」と言い続けています。この戦争の着地点はウクライナ人が決めるべきことです。

しかし、SNSではこの「ウクライナ人が決めること」という議論を曲解し、「東野が『ウクライナ徹底抗戦』を叫び、ウクライナ人を皆殺しにしようとしている」などと書き込む人が少なくありません。

ウクライナの意志や主権を重視することと、学者が自分の考えを押しつけることとのあいだには、天と地ほどの差があります。学者にとって自説を曲解されたり、偽情報を広められるのは研究者生命を左右しかねない問題ですから、自分の主張が歪曲された場合にはこれを訂正する情報を発信する必要があります。

あまりにも誹謗中傷が多いので、途中からはⅩのアカウントに鍵をかけて一部の人にしか発信できない状態にしていたのですが、この鍵もつい最近外したところです。侵略から3年目を迎え、情報の発信を強化していかねばならないというのがその最大の理由ですが、さらに別の理由として、私が鍵をかけたことで、私という攻撃先を失った中傷者が、日本にいるウクライナ関係者アカウントに向かってしまったからです。

しかも私の発信に対する監視やあげつらいのようなことは引き続きおこなわれていますので、鍵をかけた意味は限定的にしかないこともわかりました。

私が鍵をかけたことで、攻撃対象が他の方に移るだけの効果しかないのであれば、根本的には何の解決にもなっていません。むしろ、一般の方がいわれなきネット攻撃を受けるぐらいなら、研究で得られた自分の知見を述べている私に批判が来るほうが、まだ理解できます。

●自分への攻撃に屈して、発信をやめたら私はおそらく一生後悔する

――何を言っても攻撃材料になってしまう中、山のような攻撃が来ると心身に影響が出るのではありませんか。

東野:あまりにひどい攻撃が殺到したり、メールボムと言われるような、私のアドレスを勝手にどこかに登録して次々にメールを送らせるような攻撃を受けて数万件ものメールが届くといった被害を受けた際は、さすがに心身に不調をきたしたことも何度かありました。

しかしそれだけと言えばそれだけ。感覚が麻痺しつつあるのかもしれませんが、長引く戦争で深く傷ついているウクライナ関係者に攻撃が行くよりは、私がそれを受け止めたほうがましだと思うのです。

ロシアによるウクライナ侵攻について、私は「ロシアに侵略の果実を与えてはいけない」と言い続けていますが、SNSの誹謗中傷についても同じなのではないかと思います。実際にロシアは何らかの果実を手にするでしょうが、それは間違ったことであるという認識を広めなければなりません。

私への攻撃が止むことはないと思いますが、それに屈して発信をやめたら、私はおそらく一生後悔するでしょう。私に誹謗中傷をおこなっている人たちに対しても、私が発信そのものをやめることになれば、彼らに成果、果実を与えることになります。このような被害を被る人間は私で最後であってほしいと思います。負けずに発信を続けることで、ネット中傷の現実を皆様に知っていただき、改善のための議論が少しでも活発になればと思っています。

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