前代未聞の途中辞退に追い込まれた広陵高校(広島)。直接の理由は複数の部員による下級生への暴力だが、昨年3月に監督やコーチから暴力を受けたとする別の元部員の申告があったことが明らかになり、学校側は第三者委員会を設置して調査を進めている。
今年3月には、春夏通算4度の優勝を誇る龍谷大平安高校(京都)の前監督が体罰を理由に辞任した。選手を守るはずの指導者による体罰やハラスメントは、なぜなくならないのか。
元甲子園球児で、現在はコーチ育成にも携わる桐蔭横浜大学の渋倉崇行教授は、過熱する世間の注目が生み出す「甲子園至上主義」が暴力を容認・助長する土壌にもなっていると指摘。そのうえで、根絶に向けてはテレビ中継の在り方も検討に値すると提言する。(弁護士ドットコムニュース・玉村勇樹)
●主従関係や閉鎖空間が暴力を引き起こす
渋倉教授は、部活動で暴力が発生しやすい背景には、コーチと選手との関係性や、その周囲の環境にいくつかの共通した特徴があると指摘する。
第一に挙げるのが、権威に基づく主従関係だ。指導者は試合への出場選手の選考権を握り、進学や就職でも推薦や内申書記載を通じて大きな影響力を持つ。「こうした権限を背景に、選手は暴力的な指導であっても受け入れざるを得ない状況に追い込まれることがある」と話す。
次に、閉鎖的な社会や空間の存在を挙げる。クラブ単位で活動する部活動は、外部との接触が限られ、内部で独自の力関係が形成されやすい。「閉ざされた環境では、コーチが自分を絶対的存在と感じやすくなり、独善的で利己的な指導に陥るリスクが高まる」という。
さらに、短期間で結果が求められる構造も暴力を助長する要因になる。日本の競技会は学校区分ごとに開催されるため、コーチは数年間で目に見える成果を出す必要に迫られる。「短期間で選手を従わせられる暴力的指導は、コーチにとって“手っ取り早い手段”となってしまう場合がある」と説明する。
そして見過ごせないのが、暴力的指導の連鎖だ。
尊敬される立場にあるコーチが暴力を振るえば、選手はそれを正当な指導と誤って学習する恐れがある。「そうして育った選手が将来コーチになったとき、同じように暴力を用いる可能性がある」とし、負の連鎖が世代を超えて続く危険性を強調する。
「運動部で体罰を経験した人ほど体罰に容認的になる傾向を示した研究は少なくない」と渋倉教授は語る。その上で「体罰が競技力向上に有効だという認知が形成されることで、指導者になった際に暴力を繰り返す源になる」と警鐘を鳴らした。
●「甲子園至上主義」が生む暴力の温床
高校野球は、全国大会である甲子園を目指すという価値観が強く根付いている。この傾向を渋倉教授は「甲子園至上主義」と表現する。勝利が最重要視されることで、短期間で成果を求める環境が生まれ、暴力的な指導につながるリスクが高まる。
「本来、勝利はスポーツを楽しむための手段であり、目的ではない。指導の目的は、選手が野球そのものの楽しさを味わい、人間的に成長することにあるべきだ」と語り、高校野球も理念としてはそう掲げているものの、「実態が伴っているかは疑問だ」と述べる。
また、部活動における暴力には保護者の影響も見過ごせないという。
「過度な要求や期待がコーチへのプレッシャーとなり、それが暴力行為に結びつく可能性がある」とした上で、「場合によっては、暴力によって保護者の期待に応えられると、かえって信頼を得ることになり、それが暴力を容認する土壌となる危険性もある」と述べる。
さらに、高校野球が商業主義の影響を強く受けている現状について言及。「高校野球の過熱化や世間からの注目も暴力的指導の背景要因となり得る」
そこで渋倉教授が注目するのが「甲子園のテレビ中継の在り方」だ。
「たとえば、テレビ中継をやめてみたらどうでしょう。そうすれば、世間の関心は落ち着き、勝利至上主義も和らぐ可能性がある。結果として、選手の野球を楽しむ権利も、他の部活動と同程度に守られるのでは」と説明する。
●「どこでも起こる」と考える姿勢が必要
渋倉教授は、暴力的指導を防ぐためには「自分の学校やクラブでは起きない」という思い込みを捨て、「国内で起きたことはどこでも起こり得る」と考える姿勢が必要だと強調する。
まず大切なのは、組織のトップによる明確な態度表明だ。学校やクラブを統括する立場の者が、暴力的行為を一切許さない姿勢をはっきり示すことで、組織全体に「暴力は容認されない」という意識を浸透させられる。こうした姿勢は、コーチ一人ひとりが高い規範意識を持つ土台となる。
次に、ガイドラインや啓発冊子の整備と周知が欠かせない。渋倉教授は「スポーツの意義やコーチの役割と倫理、禁止事項、相談窓口などを盛り込んだルールを作成し、現場で理解しやすい形にして広めることが有効だ」と述べる。
さらに、暴力に頼らない指導を根付かせるためには、全コーチを対象にした定期的・継続的な研修が必要だという。特に、指導理念や哲学、前向きなコミュニケーションスキル、適切な態度や行動について重点的に学ぶことで、暴力に頼らない指導力を高められる。
体制づくりも重要な要素だ。閉鎖的な環境は暴力を助長するため、外部からの観察機会を設け、相談・苦情窓口を整備することが望ましい。こうした窓口は予防効果もあり、選手や保護者への啓発活動と組み合わせて機能させるべきだと指摘する。
暴力が発生した場合の対応については「選手の安全を最優先に、迅速に事実を確認し、原因を特定することが不可欠」とした上で、「組織全体で再発防止策を検討し、当事者への処分や再教育を行う必要がある」と渋倉教授。「暴力は一人の問題ではなく、組織全体の課題として受け止めるべきだ」と強調した。
渋倉崇行(しぶくら・たかゆき) 名古屋大学大学院教育発達科学研究科博士(後期)課程修了、博士(心理学)、桐蔭横浜大学大学院スポーツ科学研究科教授、一般社団法人スポーツフォーキッズジャパン代表、専門はスポーツ心理学、公益財団法人日本スポーツ協会共通科目コーチデベロッパー、日本スポーツ少年団指導育成部会部会員、日本スポーツ少年団登録者再教育プログラム審査会委員、全日本軟式野球連盟指導部会外部委員、県立新潟南高等学校3年時に第71回全国高等学校野球選手権大会(夏の甲子園)に投手、四番打者として出場。平成元年度優秀選手(財団法人日本学生野球協会)。1972年生まれ、新潟県新潟市出身。