会社の上司が、インフルエンザの症状があるのにもかかわらず出社し、自分も感染してしまいました——こんな相談が弁護士ドットコムニュース編集部に寄せられました。
相談者の上司は、インフルエンザに感染して会社を休んでいましたが、症状が出てから3日しか経っていないのに突如出社し、何度も咳をしながらも、「大丈夫、大丈夫」といいながら仕事をしていたそうです。
隣の席に座っていた相談者は感染を心配しましたが、上司はそんな相談者を尻目に業務を続けたそうです。結局相談者もインフルエンザに感染してしまい、病欠を余儀なくされてしまいました。
インフルエンザに感染した上司が、体調不良をおして出社したことで部下に感染が広がった場合、法律上、どのような責任を問えるのでしょうか。上司自身の責任や、会社の責任について整理します。
●インフルエンザ感染を広げた上司の責任
上司に対し、不法行為(民法709条)に基づく損害賠償を請求できる可能性があります。
不法行為が成立するには、加害者に「故意または過失」があり、それによって他人の権利または法律上保護される利益を侵害し、損害が発生し、その間に「因果関係」があることが主な要件となります。
この事例で、上司がインフルエンザに感染していることを認識しながら出社し、部下に感染させてしまった場合、特に問題となるのは「過失」の有無です。
故意(わざと感染させようという意思)は認められないと考えられますが、発症後3日で咳もある状態で出社したという事実があれば、部下にインフルエンザを感染させる可能性を予見し、それを回避すべき注意義務を怠った「過失」が認められる可能性が高いと考えられます。
会社によっては就業規則などでインフルエンザ罹患時の出勤停止期間を定めているケースが多く、また、学校保健安全法施行規則19条2号イでは、インフルエンザの出席停止期間を「発症した後5日を経過し、かつ、解熱した後2日(幼児にあっては、3日)を経過するまで」と定めています。
大人については法令上の出勤停止期間の定めはありませんし、上の基準に反したことで直ちに不法行為における過失があると判断されるわけではありませんが、これらの基準は、過失の有無を判断するうえで参考となるでしょう。
次に、上司の出社という行為と、相談者の感染による損害との間に「因果関係」があることが必要です。インフルエンザの感染経路は多岐にわたるため、上司以外に感染源がないことを示していくなど、この因果関係の立証は難しい側面もあります。
●会社に責任はあるのか
労働契約法5条は、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」と規定しています。これを「安全配慮義務」といいます。
上司が無理に出社した場合に、これを止めなかった会社の行為が、会社としての安全配慮義務に違反すると評価される可能性は、わずかながらあります。
上司が出社しただけで直ちに会社の責任が認められるわけではありません。しかし、会社がインフルエンザ感染者であることを把握しながら出社を促したり、感染のリスクを認識しながら漫然と出社を許容した、といった事情がある場合には、安全配慮義務違反が認められる可能性があります。
この場合、相談者は会社に対しても、使用者責任(民法715条)などに基づき、損害賠償請求ができる可能性があります。ただし、この場合も上司から感染したという因果関係などの立証が必要なのは変わりません。
監修:小倉匡洋(弁護士ドットコムニュース編集部記者・弁護士)