2025年の中学受験(以下、中受)が終わった。今年の中受シーズンはインフルエンザ、新型コロナウイルス、マイコプラズマ肺炎が流行し、感染症におびえる受験生や保護者が多かった。
中受を巡っては「受験直前の1月に小学校を休ませるか否か」という議論が古くからある。小学校で感染症を移されないようにすることが主な理由だ。休ませるかは各家庭の判断だが、実際は相当数の家庭が休ませているとみられる。中受が盛んな都心部の小学校では「約30人のクラスで4,5人しか学校に来ない日もあった」という保護者の話も聞く。
中受は浪人のない一発勝負。インフルや新型コロナといった感染症にかかった子どもたちへの救済として、私立中のなかには追試や別室での受験を行う学校もある一方、受験不可とする学校もあり対応はまちまちだ。そうした中、なんとか受験の機会を与えたいと神奈川では県私立中学高等学校協会が共通追試を行っている。
直前期に1週間以上高熱が出て、受験前日まで解熱しなかった受験生や、神奈川の私学協会の取り組みを取材した。(ライター・田中瑠衣子)
入試直前の高熱だった(提供写真)
●5人に1人が受験 少子化でも“中受熱”は高止まり
受験データなどを分析する首都圏模試センターの推計によると、2025年の首都圏の私立・国立の受験者数は前年比100人減の5万2300人。小学生が受験する割合の「受験率」は18.10%(前年比0.02ポイント減)。少子化にもかかわらず“中受熱”は高止まりしている。
首都圏の入試は1月の埼玉、千葉を皮切りに、2月1日からの東京、神奈川と続く。感染症の流行期と重なるため、受験生本人も家族も神経を使う。
今年長女が中受した都内の男性会社員は、3学期の始業式から小学校を休ませたという。
「最初の受験が1月11日だったのですが、学校でインフルエンザが流行していて先生に事情を話し1月は休みました。当然ですが生徒の大半が受験する高校受験と、中受とでは子どもの感染症対策への意識が違うように思います。家庭で自衛するしかないと思い、休ませました」
●インフル、コロナ、溶連菌...どれも陰性 続く高熱「ノー勉」に焦り
1月に学校を休んでも感染症にかかってしまったという受験生もいる。
「学校を休み、家族で手洗いもうがいもがんばってきました。でも、かかってしまった。いったいどこでもらってきたのか...」
今年中受した都内の小学生・佐々木翔太さん(12・仮名)の母、梨花さん(仮名)はこう振り返る。翔太さんは2月1日の受験前日まで熱に苦しんだ。
翔太さんが「のどが痛い」と言ったのは1月23日午後。翌24日に熱が39度まで上がり、25日にインフルエンザと、キットを使ったマイコプラズマ検査を受けたが陰性。その後も40度の熱が続き、別の病院で再度インフルエンザ、新型コロナウイルス、溶連菌の検査を受けたがいずれも陰性だった。
「2月1日から始まる東京入試に向け、周りが追い込みをかけている時期なのに、うちはノー勉(勉強ゼロ)。理科の勉強の助けになるマンガを渡すのが精いっぱいでした」(梨花さん)
原因不明の高熱は続き、1月29日には妹も発熱した。梨花さんは子どもたちのケアと不安で眠れなくなった。
1月30日、翔太さんは大学病院を受診。肺や腹部などのレントゲン、血液検査とくまなく調べ、マイコプラズマ肺炎のPCR検査で陽性が出た。マイコプラズマ肺炎は、潜伏期間が2~3週間と長い。ただ、翔太さんに咳の症状はなく、医師も「高熱の直接の原因かはわからない」と説明したという。
熱が下がってから歴史上の人物が載っているカルタで、社会のおさらいをした(梨花さん提供)
●「なんとか試験だけは受けさせてあげたい」
「第一志望の受験機会は2月1日午前中の一度きりです。翔太は大好きな歴史研究会があるその学校をめざして、小学2 年生から塾に通って頑張ってきました。合格、不合格はおいておき、なんとか試験だけは受けさせてあげたかった」
翔太さんが平熱に戻ったのは、1月31日の朝。入試前日だった。梨花さんは翔太さんが受験する学校に症状を伝えて受験できるか問い合わせた。解熱していて感染リスクもないため、教室で受験できることになった。
2月1日の朝、受験会場に入って行く翔太さんを見届け、梨花さんは安堵で力が抜けたという。体調が万全ではなかったこともあり、思うような結果は出なかった。でも翔太さんは、あきらめず終盤の2月5日まで受験を続けた。1月の埼玉の学校も合わせると5校計9回の入試を受けた。4月からは縁があった学校に進学する。
入試を振り返り、梨花さんはこう話す。
「息子は熱が出てから受験が終わるまで弱音をはかず、走り抜けました。今は前を向いて、4月からの学校生活を楽しみにしています。でも、たらればですが、熱が出ずに体調万全で臨めたら、熱が出た時点で受験スケジュールを組み直していたら...と親の私はいろいろなことを考えてしまいます」
●「受験不可」から別室対応まで、私立中の対応はまちまち
インフルエンザや新型コロナといった感染症への対応は、学校によって異なる。都内のいくつかの私立中の入試要項を確認したところ、次のように書かれていた。
「感染症疾患のある場合は受験をご遠慮ください」 「インフルエンザになっても解熱して受験できる状態であれば、特別考査室を設けます」 「感染症に罹患した場合は事前に連絡をして下さい。別室を用意してあります」 「新型コロナウイルスやインフルエンザの影響を考慮し、2月に実施されるすべての中学入試を対象に追試験を実施します」
そもそも熱がある状態での受験は辛いが、事前に志望校が感染症にどう対応しているかを知っておくことで心の準備ができそうだ。
●コロナ禍の中受はセンサーで検温 「ホッカイロも持たせられなかった」
コロナ禍での受験を境に、学校の感染症への対応が厳しくなったとの見方もある。ある中学受験塾の講師は「コロナ前は発熱した子に別室受験で対応していた学校が、コロナ禍の『厳戒態勢』で別室受験を中止し、コロナ後も同じ運用の学校が一定数ある印象です」と話す。
コロナ禍では感染拡大を防ぐため、学校の入り口に熱を感知するサーモカメラが置かれ、37.5度以上の子どもは入校できないという学校もあった。
コロナ禍の2022年に受験した保護者は「コロナのワクチンもまだなく、周りは試験の2週間前から兄弟姉妹も学校を休ませたり、みな神経をとがらせていましたね。第一志望校は37.5度以上は学校に入場させないと明言していたので、当日、サーモカメラにひっかからないよう、ホッカイロも持たせませんでした。センサーにひっかかったら追い返されるので、心配で入場後もしばらく外で待機しました」と話す。
一方で開成中など一部の学校は、新型コロナ感染や濃厚接触者になった受験生を対象に追試験を行った。ただ、コロナ収束後は追試験も減っているようだ。
共通追試の会場になる神奈川県私学会館(横浜市)
●受験生の安心と受験機会の確保を 神奈川は共通追試
そうした中、神奈川では新しい取り組みが始まっている。
感染症にかかって神奈川県内の私立中を受験できなかった子に対し、県私立中学高等学校協会が作問した「共通追試」を行い、受験機会の公平性を保つ。共通追試を希望する学校が対象で、コロナ禍の2022年入試から始まった。
県私学協会に加盟する82校のうち中受を行う学校は57校。このうち毎年、30校ほどが共通追試を申し込むといい、2025年も30校が申し込んだ。
共通追試の対象は、入試当日に新型コロナやインフルエンザといった感染症で、出願した学校を受験できなかった子どもだ。医療機関の診断書が必要。2023年は6人、2024年は5人が共通追試を受けた。2025年の共通追試は2月12日だったが、受験者はいなかった。
追試問題は協会が作問する。追試は横浜市内の県私学会館で行われ、協会が採点する。問題と採点結果は各学校に送られ、学校は点数や問題の難度なども踏まえ、合否を判定する。
●複数回入試を行う私立中の負担も減る
共通追試は、県私学協会の工藤誠一理事長(聖光学院中学・高校長)の「感染症で受験できなかったら、これまでの努力が報われないのではないか」という発案で始まった。制度設計に携わった県私学協会事務局次長の山義明さんは「一番の目的は、受験生の安心と受験機会の確保です。入試問題を作問する学校の負担を減らせるということもあります」と説明する。
複数回の入試を行う私立中が多い中、難度に違いが出ないようにさらに追試問題を作るのは学校にとっては負担になるからだ。
山さんは「今年の共通追試の受験者がいなかったということは、受験機会があったということかと思うので、ほっとしています」と話す。県私学協会の共通追試の取り組みは、他の地域からも問い合わせがあるといい、来年以降も続ける方針だ。
最初で最後の中学受験。努力してきた小学生たちが、感染症で受験できないことはあまりにも悔しい。私立中の柔軟な対応や、神奈川の共通追試のような「セーフティーネット」が広がれば、受験生も保護者もより安心して入試当日を迎えられるし、「1月欠席問題」の緩和につながるのかもしれない。