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理研の大量雇い止めは何だったのか 和解した研究者が明かす裁判の舞台裏と「10年ルール」の実態
2025年11月26日 11時05分
#雇い止め #労働契約法 #理研

「なぜ私が裁判を起こしたのかと言いますと、私に対する雇い止めとチームの解散に合理的な根拠がなかったこと、そして理研による大量の雇い止めを阻止する意味もありました。本来は裁判なんか起こしたくないんですよ。毎日研究に没頭していたかったのですが、裁判を起こさざるを得ませんでした」

そう思いを吐露したのは、国立研究開発法人「理化学研究所」の男性研究員Aさんだ。Aさんは2023年3月末での雇い止めを通告されたことを受け、2022年7月に提訴。途中で理研が方針転換して雇用は継続されたものの、降格されたため控訴審まで争っていた。そして2025年10月、和解に至った。Aさんが語ったのは、10月14日に開かれた理研労働組合による記者会見だった。

理研では2017年以降、非常勤職員や研究者の大量雇い止めが問題となっていた。労働組合が東京都労働委員会に不当労働行為の救済を申し立て、Aさんら5人が裁判で争うなど、紛争は長期化していたが、今回の和解ですべての裁判が終結した。

和解にあたり、労働組合側は次のような「理研」を主語とする文章を公表した。

「(理研は)労使コミュニケーションの齟齬により本件紛争が生じてしまったことについて、控訴人及び利害関係人らに対し、遺憾の意を表する」

しかし、Aさんは「研究者の雇い止め問題がすべて解決したわけではない」と強調する。国内最大級の研究機関で何が起きていたのか。Aさんが経緯を語った。(ジャーナリスト・田中圭太郎)

「なぜ私が裁判を起こしたのかと言いますと、私に対する雇い止めとチームの解散に合理的な根拠がなかったこと、そして理研による大量の雇い止めを阻止する意味もありました。本来は裁判なんか起こしたくないんですよ。毎日研究に没頭していたかったのですが、裁判を起こさざるを得ませんでした」

そう思いを吐露したのは、国立研究開発法人「理化学研究所」の男性研究員Aさんだ。Aさんは2023年3月末での雇い止めを通告されたことを受け、2022年7月に提訴。途中で理研が方針転換して雇用は継続されたものの、降格されたため控訴審まで争っていた。そして2025年10月、和解に至った。Aさんが語ったのは、10月14日に開かれた理研労働組合による記者会見だった。

理研では2017年以降、非常勤職員や研究者の大量雇い止めが問題となっていた。労働組合が東京都労働委員会に不当労働行為の救済を申し立て、Aさんら5人が裁判で争うなど、紛争は長期化していたが、今回の和解ですべての裁判が終結した。

和解にあたり、労働組合側は次のような「理研」を主語とする文章を公表した。

「(理研は)労使コミュニケーションの齟齬により本件紛争が生じてしまったことについて、控訴人及び利害関係人らに対し、遺憾の意を表する」

しかし、Aさんは「研究者の雇い止め問題がすべて解決したわけではない」と強調する。国内最大級の研究機関で何が起きていたのか。Aさんが経緯を語った。(ジャーナリスト・田中圭太郎)

●51歳でチームリーダーとして入職

Aさんは北海道大学で博士号を取得し、助手や助教として19年勤めた後、大阪大学で特任教授として4年間勤務した。その後、2011年4月、51歳で理研・生命システム研究センター(大阪府吹田市)にチームリーダーとして採用された。

理研の職員約4400人のうち約7割は任期制の非正規職員で、Aさんも1年更新の任期制だった。当初は「雇用年数の上限」は設けられていなかった。

「研究センターでは、私を含めてチームリーダーの多くは任期制でした。それでも、研究業績をしっかり出していれば、数年で切られることはないと皆が思っていました。最初に与えられたのは研究室の部屋だけで、理研の予算や自分が獲得した外部資金を活用し、少しずつ装置をそろえ、研究員を雇っていきました。最初は3人でスタートして、最終的には8人ほどまでスタッフが増えました」

転機は、2016年3月の新就業規則の導入だった。

2013年、労働契約法が改正され、非正規労働者が5年以上勤務すると無期転換権が発生するようになった。さらに2014年には大学や研究機関の研究者について、無期転換申込権の発生までの期間を原則10年とする特例が設けられた。

本来は非正規労働者の雇用安定化を目的とした法改正だったが、理研は新規則で

・事務職員は「5年を超えて契約しない」
・研究・技術職員は「10年を超えて契約しない」

と明記し、しかも2013年4月に遡って適用した。

その結果、法改正から「満5年」に達する直前の2018年3月末までに、非常勤の事務職員300人以上を雇い止めする計画が生じた。労組が都労委に救済を申し立てるなど反対運動を展開したところ、理研は2018年2月、2016年3月以前から働く事務職員には適用しないとし、この雇い止めは撤回された。

Aさんは当時「研究者にまで雇い止めが及ぶとは思っていなかった」という。

「2013年の労働契約法の改正なんてまったく知りませんでしたし、2017年の契約書に2023年3月までと上限が入ったものの、そんなに深刻には考えていませんでした。

というのも、2018年4月から所属が生命機能科学研究センターに変わり、新たに策定された2025年3月末までの中長期計画の柱に、私の研究が位置付けられていたからです。

事務職員の雇い止めも回避されたので、研究者が乱暴に雇い止めされることはないだろうと思っていました」

画像タイトル 原告のAさん

●「裁判を起こすしか大量雇い止めを阻止する方法がない」

ところが2021年10月、Aさんに突然、2023年3月末での雇い止めと研究室閉鎖が事務職員から通告された。

「事務職員から『来年度で研究室を閉鎖するから、片付けの準備に取り掛かってください』と連絡があり、研究室を片付けるためのマニュアルを渡されました。研究センター長から何の説明もなく、事務的に伝えられたので、とんでもないと思いました。抗議しましたが、センター長は『規則だから仕方がない』と言うばかりで、まったく埒があきませんでした」

理研が計画した2023年3月末の雇い止めは大規模だった。

・「10年の雇用上限」を理由に研究・技術職員203人を雇い止め  
・うち約40人はAさんのようなチームリーダー  
・チーム解散に伴い、上限に達していない177人も雇い止め対象に

合計380人にのぼる異例の事態だった。

Aさんはそこで初めて、理研に労働組合があることを知り、連絡をとりながら、労働局への相談や団体交渉に参加した。しかし、理研側は「規則だから」と繰り返すばかりで説明はなかった。

「当時の松本紘理事長に直接抗議しました。2022年4月に就任した五神真理事長にも手紙を出しましたが、返事はありませんでした。雇い止め期日が迫っていたため、もう裁判を起こすしか方法はないと判断しました」

2022年7月、Aさんは理研本部所在地に近いさいたま地裁で提訴した。この時点で原告はAさん1人だった。若い研究者ほど、将来を考えて訴訟に踏み切りにくいからだという。

「私は62歳でしたので、万が一クビになっても何とかなると思いました。しかし、40〜50代の研究者やリーダーが理研理事長を相手に裁判を起こしたら、その後の進路にも影響します。だから私は、多くの研究者を代表して大量雇い止め自体を阻止したいと思うようになりました」

同年11月、さらに研究員2人が提訴し、翌2023月2月には技師2人も提訴した。しかし、理研は予定どおり3月末に雇い止めを強行した。

画像タイトル 原告のAさん

●「理不尽なことに対しては闘わなければならない」

雇い止めは実施されたものの、裁判や労組の反対運動、市民の署名活動などが影響したのか、理研は「理事長特例」として、雇い止め後も"重要な成果が期待できる人"を同年4月以降も雇用する募集をおこなった。

その結果、約半数にあたる196人が何らかの形で雇用継続となった。ただし、裁判を起こした技師2人は失職し、研究員2人は同じ身分と待遇で雇用継続されたことで、裁判を取り下げた。

Aさんの雇用も継続されたが、「上級研究員」への降格で待遇も悪くなった。しかも、研究室も解散されたままだった。

「研究成果を上げろと言うのであれば、研究室とスタッフをそのまま維持してほしいと言いましたよ。でも何の回答もありませんでした。予算も3割くらいに削減されました」

Aさんはスタッフ2人を何とか雇い研究を続ける一方で、裁判をいったん取り下げて、チームリーダーとしての有期雇用契約を拒絶されたことに対する地位確認訴訟を2023年7月に改めて起こした。しかし、2024年12月の一審判決は敗訴だった。

「一審は理研の主張を丸呑みした内容でした。私は2022年4月から3年間、科学研究費を採択されていますが、それは『個人の研究に過ぎず、理研は事務をやっていただけだから、雇用継続の合理的期待にはつながらない』という判断でした。不当判決だと思いました」

雇い止めされた技師2人の裁判は、2025年3月に和解で終結した。Aさんの控訴審も、裁判官から和解を強くすすめられ、同年10月、理研とAさんは和解し、すべての裁判が終結した。

理研が「労使コミュニケーションの齟齬に遺憾の意」を表明したことで、労組も都労委への申し立てを取り下げた。Aさんは和解に応じた理由をこう語る。

「この裁判で負けるわけにはいきませんでした。裁判官の和解案に理研が応じたことで、和解で裁判を終わらせることは、ベストではないけどベターな選択肢だと判断しました。

裁判を通じて感じたのは、理不尽なことには闘わなければならないということです。理研はブラック企業ではありません。国の公的な研究機関です。理不尽な仕打ちに対し、はっきりとものを言うのは当然でしょう。

闘ったことで、全員ではないにせよ、196人の雇用が守られました。同時に、日本の科学研究者の置かれた厳しい実態も、多少は社会に知ってもらえたのではないでしょうか」

●「腰を落ち着けて研究できる環境が必要」

しかし、雇い止め問題は終わっていない。

理研は就業規則から「5年と10年上限」を削除したが、実質的な雇用期限を設ける「アサインド・プロジェクト」を導入した。

導入当初、研究・技術職員は原則7年雇用で、1度だけ3年延長ができるとされていた。Aさんや労働組合によると、現在は年数の上限が明記されていないものの、研究者たちの不安定な立場は変わらないという。

理研と同様に研究者を10年で雇い止めする動きは、全国の大学にも広がっている。

Aさんは現在65歳。雇用が継続されたことで無期転換権を行使し、2027年3月末まで在籍予定だ。2024年6月には、長年続けてきた「がんの早期診断」に関する研究成果を米国学会誌に発表した。現在は大学との共同研究も進めている。

一方で、自分の経験から、日本の科学研究の将来を憂慮する。

「もし裁判で闘っていなかったら、研究者としての目的を達成できなかったでしょう。基礎研究は成果が出るまで時間がかかりますし、長期的に腰を落ち着けて研究できる環境がないと難しい。

アメリカでは研究者が大学と企業を行き来できますが、日本はそうはなっていません。雇用の不安定さは大きな問題ですし、理研の研究者の約7割が任期制という現状は異常です。日本の科学研究力の低下を食い止めるためにも、研究者の雇用安定をこれからも訴え続けたいです」

世界の研究機関を分析する「Nature Index Annual Table」で、理研は2022年版で87位だったが、翌年以降は100位以下に転落。国内トップの東京大学、2位の京都大学も世界ランキングの順位を下げている。

少なくとも理研については、不安定な雇用が研究力の低下に影響している可能性がある。裁判は終結したが、無期転換まで10年を要する労働契約法の「特例」も含め、日本の研究者の雇用のあり方全体を見直す時期にきているのではないだろうか。

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