クマの出没が相次ぎ、今年度に襲われて死亡した人はすでに12人にのぼる。昨年度の2倍にあたる深刻な事態だ。
とりわけ被害の大きい秋田県では、学校の敷地内などでの目撃も相次ぎ、「玄関をドキドキしながら開ける」と話す住民もいる。子どもの安全確保が大きな課題だが、送迎に追われる保護者の負担も少なくない。
県知事は自衛隊の派遣を要請し、現在はその調整が進む。
年末年始を前に、クマの存在は帰省の判断にどのような影響を与えているのか。弁護士ドットコムニュース編集部は、県外で暮らす秋田県出身者21世帯に意識を尋ねた。
回答によれば、一部の人たちの間では、クマの被害が帰省の判断をするうえで、決して無視できない要因になっていた。
「何かできればと思うけれど、何をしたらよいのか分からず心苦しい」。県外に住む人たちも、ふるさとを案じている。
●帰省を考える人たち
回答者の多くは東京都やその近郊在住の30〜40代。属性に偏りがあるため、あくまで「一部の声」として紹介する。
主な質問は(1)年末年始に秋田に帰省するかどうか、(2)クマ被害がその判断に影響しているか──となる。
回答した約半数にあたる10世帯は「クマの被害とは関係なく、もともと帰省の予定はなかった」と答えた。別の用事や旅行などが理由とみられる。
一方、「帰省する予定」と答えたのは5世帯。そのうち関東在住の3世帯はクマに不安を感じていた。
「クマが冬眠して出没がなくなっていれば安心して帰省できるが、どうなるかわからない。小さな子どもが2人いるので、帰省しても外遊びができないとつらい」(40代男性)
東北在住の2世帯は「帰省予定」としつつも、クマへの不安は特に感じていなかった。
●クマが理由で帰省を控える人も「安心して外に出られない」
「秋田に帰らない理由のひとつがクマだ」と明確に答えたのは1世帯だった。
「秋田市の実家近く、よく行くプールや温泉などの施設でも目撃情報がある。子どもがいる友人も怖くて外遊びができないと言っている。街中の小学校もクマが出たため、休校中と聞いた」〈東京の40代女性(小学生の子どもあり)〉
「家族や知人が被害に遭うのではないかと不安。安心して外に出られない状況なので、一刻も早く解決してほしい。両親も免許返納を検討する年齢に差し掛かっているが、現状では外を歩けないため、しばらくは車が必要だと思う」〈同女性〉
●「迷っている」世帯もスキーや外遊びが制限される懸念
帰省を「まだ迷っている」と答えたのは、残りの5世帯。そのうち3世帯が「クマ被害が判断に影響している」とした。
「秋田市に住む両親と小学生の子どもを会わせる貴重な機会だが、いつも冬に帰ってスキーに行っているのでスキー場にもクマが出る可能性があり、帰省したとしても何もできない可能性があり、迷っている」〈東京の40代男性〉
「千秋公園やスーパーなど実家近くで目撃情報があり怖い」「秋田の方たちが安心して住めるよう、出身者が安心して帰省できるようにどうにかしてほしい」〈同男性〉
回答者の多くが未就学児や小学生の子どもをもつ親世代であり、「子どもとの外遊び」が帰省の目的のひとつであることから、クマの出没が大きな心理的ブレーキになっているようだ。
帰省をするかしないかにかかわらず、「クマの被害がその判断に影響する」と答えたのは21世帯のうち7世帯だった。
クマの存在は「帰省を中止する」ほどの決定的な要因にはなっていないものの、判断において無視できない懸念材料になっているといえるかもしれない。
秋田市のクマ目撃情報を示すクマダス(ツキノワグマ等情報マップシステム)
●実家の家族や友人を案じる声「病院では外傷患者が」「親を呼び寄せたい」
帰省への影響とは別に、ほとんどの人が秋田に残る家族や友人を心配していた。いくつかの声を紹介する。(すべて秋田市出身の男女)
「父からは『夜間の外出は避けている』『犬の散歩は中止』『買物は車で行く』と聞いています」
「市街地でも目撃情報があるくらいなので、『不安があるのなら帰省を延期してはどうか』と母親から言ってもらっている」
「姪の通う中学では、ほぼ毎日親への引き渡し下校になり、送り迎えが必要になった。部活動は、中止になることが多い。妹の勤務先の大学病院では、熊による外傷患者が増えて対応に追われている。家族は朝早くや暗くなってからの外出を控えるようになった」
「妹の子ども(中学生)の送り迎えが必須になった。前日に柿を採っていた家のすぐ近くにクマがいる写真、動画が共有され、妹の家族および近隣住人も警戒をしている話を聞いた」
「ゴミ出しや集積場所の見直し、クマ対策用の堅牢なゴミ箱の設置補助などを検討してほしい」
「何かできればと思うけれど、何をしたらよいのか分からず心苦しい。親を東京に呼び寄せたい気持ちもあるが、親の気持ちも尊重したい。ボランティアなどあるなら参加したいです」
●「駆除や自衛隊派遣はやむを得ない」の声
安心できる日常を早く取り戻してほしいという声が多く寄せられた。「批判の声に負けず、できる限り駆除等の対策をしてほしい」という意見も目立つ。
また、「秋田県知事が自衛隊の派遣を求める判断をされたのは適切であると考えております」など評価する声もみられた。
このように「今の状況をどうにかしたい」という思いは、県外に住む出身者も同じだ。
学校の敷地などに出没するケースが相次ぎ、文科省は10月30日、全国の教育委員会に登下校時などの安全確保を通知した。
国交省も、観光客の安全対策に着手する。さらに英国政府は公式ホームページで、日本渡航者に向けて注意を呼びかけており、観光への影響も懸念される。
市街地まで活動範囲を広げたクマの駆除、ゾーニングは容易ではなく、長期的な取り組みが見込まれる。秋田県だけの問題ではない。クマの存在を感じながら生活している地域の人たちに思いを寄せ続けたい。
【調査結果の内訳(21世帯)】
・帰省予定なし(クマ被害と無関係): 10世帯
・帰省予定あり: 5世帯
うち、クマ被害に不安あり (関東在住): 3世帯
うち、影響・不安なし (東北在住): 2世帯
・帰省予定なし(クマ被害が主な理由): 1世帯 (東京在住)
・迷っている: 5世帯
うち、クマ被害が判断に影響: 3世帯
うち、影響なし: 2世帯
※帰省判断に「クマ被害が影響する」と答えたのは、計7世帯
(弁護士ドットコムニュース編集部・塚田賢慎)