SNSを悪用した特殊詐欺、闇バイト、暗号資産を使った資金洗浄など、手口は多様化し、従来の捜査手法では限界が見えている。こうした状況に立ち向かうべく、この夏、公開された最新版の警察白書では、SNSをめぐる犯罪の脅威と警察による「新しい捜査手法」について語られた。
警察が新たに導入したのは「仮装身分捜査」「架空名義口座捜査」「AIを用いた捜査」という3つの捜査手法だ。しかし「従来では追いかけられなかった犯罪に対する切り札と期待される一方で、課題もはらんでいる」と、東京地検元検事の西山晴基弁護士は指摘する。白書の内容を読み解き「新たな捜査手法の光と影」について切り込む。
●闇バイトに潜入する「仮装身分捜査」
警視庁は2025年6月、「仮装身分捜査」によって特殊詐欺未遂事件を摘発したと発表しました。
「仮装身分捜査」とは、捜査員が実在しない人物の架空身分証を使い、応募者になりすまして闇バイトの募集に応募し、被害の未然防止と実行犯の検挙につなげる新しい捜査手法です。
この手法に期待できるメリットは大きく3つあります。
(1)警察側から主体的に接触できるため、これまでの受け身の捜査から一歩進められる
(2)犯罪の準備段階で情報をつかみ、実行前に阻止できる
(3)犯罪組織の全体像を浮き彫りにできる
一方で課題も少なくありません。潜入した捜査員が正体を見破られてしまえば、命の危険にさらされるリスクも高まります。
さらに実際の運用では、末端で摘発が終わってしまうケースも少なくなく、上層部に迫るには捜査技術のさらなる高度化が必要となります。
●金の流れを追う「架空名義口座捜査」
「犯罪を断つには資金を断て」。そう言われるほど、資金の流れを押さえることは組織犯罪対策の要です。そこで白書でも注目されているのが「架空名義口座捜査」です。
捜査員が実在しない人物名義の架空口座を用いて、あえて犯罪組織に利用させることで資金移動を監視します。
この仕組みによって、犯罪グループの資金の流れの把握を可能にします。例えば、どこから入金があり、誰に出金されるのか、その資金が犯罪者グループにどう流れていくのかを追跡するための新たな手段になります。
この手法に期待されるメリットも大きく3つ。
(1)実行役だけでなく、資金を管理する幹部にまでたどり着く
(2)犯罪収益のはく奪により、犯罪者グループを解体に追い込む
(3)不正口座市場に警察が「トラップ口座」を仕掛けることで口座悪用のけん制・犯罪抑止につなげる
しかし、そのような効果を実現するのは容易ではありません。
資金移動の多段階化や匿名化が進み、暗号資産を利用すれば一瞬で海外に流れてしまうことも珍しくありません。
また、捜査機関が首謀者や指示役にたどり着くためには、通信記録の解析や他の捜査手法との併用、国際的な連携、金融機関との情報共有も不可欠です。
警察には「絵に描いた餅」に終わらぬような工夫が求められます。
●データの海に挑む「AI捜査」
第3の柱は「AIを用いた捜査」の導入です。警察は今、SNSの投稿やスマホの利用履歴、金融取引のパターンなど膨大なデジタルデータをAIに解析させ、犯罪の兆候を早期につかもうとしています。
AIによって24時間体制でデータを監視し、通常なら人の目では把握しきれないわずかな異常をも検知します。不正口座の特徴を学習し、架空口座を早期に割り出したり、不審な取引パターンを浮き彫りにすることが期待されます。
捜査の効率化は進むはずですが、副作用もすでに出ています。誤検知によって無関係な国民の口座が凍結され、生活に深刻な影響を及ぼすケースもあるのです。
さらに厄介なのは、AIを利用するのは警察だけではありません。犯罪者側もディープフェイク映像を使った詐欺や、AI生成のマルウェアを開発するなど、新たな脅威が次々と生まれています。
警察と犯罪組織がAIを駆使してせめぎ合う、いわば「AI戦争」の様相を呈しつつあります。
白書が紹介した3つの新手法は、犯罪抑止や被害の未然防止により国民の安全を守ることが期待されます。
他方で、これらの新手法をもっても、単独で、犯罪グループの首謀者や指示役にたどりつけるとは限りません。個々の捜査員の捜査能力の向上、他の捜査手法を組み合わせた戦略的な捜査、さらには国際協力、金融機関との連携があって、初めて実効性を持ちます。
今後、これらの新手法をどのように用いて、犯罪グループを撲滅していくのか、捜査機関の在り方に期待したいです。