盗撮被害者の深刻なダメージはどれだけ理解されているだろうか。
同僚から盗撮されていたような場合、その職場は従業員にとって信頼できる場所ではなくなり、不安が広がっていく。企業が不誠実な対応をとれば、“二次被害”も生じさせるおそれがある。
従業員間の盗撮や従業員による客の盗撮がわかったら、企業はどこまでの対応をとるべきだろうか。被害者のケアや事態の公表について考えたい。
子どもも教わるスポーツスクールの女子更衣室で、同僚による盗撮の問題が生じた。被害者であり発見者でもある女性は「会社を信じられなくなった」と退社した。
ただ、刑事処分が下されたかどうかもわかっておらず、自分が確実に被害者であるともわからない不安定な状況にも悩まされ続けることになった。(弁護士ドットコムニュース編集部・塚田賢慎)
●女性スタッフや女性客と子どもが使う女子更衣室でカメラを見つけた
20代の須藤愛夏さん(仮名)は関東にあるフットサル施設で働いていた。2023年3月、同僚による女子更衣室での盗撮が発覚したと話す。
須藤さんは被害者でもあり、カメラに気づいた第一発見者でもあるという。
「ロッカーの側面に空いた穴からスマホのレンズを見つけました。すぐに店長に報告しました」
マスターキーが所在不明でロッカーを開けられず、スマホを調べることはできなかった。その後、出勤した時には何者かによってすでに取り外されていた。しかし、それでは終わらなかった。
それからおよそ10日後には、男性店長もカメラの存在を把握している。
〈カメラあったわ〉
〈というかレンズみたいなのが穴に塞がってて明らかにカメラがあるね〉(店長から須藤さんへのLINEメッセージ)
須藤さんが2023年3月に撮影した女性更衣室のロッカー内部(左)。穴の上から養生テープが貼られてある。スマホが貼り付けられていると考えられたという。右はロッカーの外側。穴が空いている。
当初から怪しまれていたのは女子更衣室への出入りが頻繁だった男性スタッフだった。男性客が多くて男性更衣室が満員になるような日は、男性スタッフも女子更衣室を使うことが許されていたという。
4月になると、企業側のヒアリングに対し自らの関与を企業に認めたため、男性スタッフは警察に連行されていき、そのまま退職していったという。しかし、その後どのような刑事処分を受けたのか須藤さんは知らされていない。
カメラのレンズを見つけたときから、須藤さんは自らが被写体になった可能性だけでなく、同僚や利用客の女性(女児)らも映されていた可能性を疑っている。
「今でも更衣室やトイレを使うと、どこかにカメラがあるかもしれないと探すようになりました」
2年たった今でも須藤さんのなかで「事件」は終わっておらず、傷は全く癒えていない。
●初動対応の遅さ
悪いのは盗撮する人間だが、事業者側には職場の安全を守る義務がある。犯罪行為まで防ぐのは難しいとはいえ、問題が発覚した後の対応は真摯に取り組まなければいけない。
須藤さんは、企業側の対応に不満を持ち続けてきた。
報告をうけた店長がカメラを確認するまでに、およそ10日もの日数が費やされている。
女性スタッフたちは、まだ他にもカメラがあるかもしれない更衣室で着替えを続けざるを得なかったと話す。
「私たちスタッフはカメラの死角になる場所で着替えました。お客さんには伝えていません」
カメラのレンズはロッカーの穴から向かいにある鏡を映す。鏡には更衣室の利用者の姿が映るかたちだ。
店長は男性スタッフに不審なところがあることは認めつつも須藤さんに、「あいつを信じたい」と泣きながら庇ってみせたという。
店長と須藤さんのLINE のやりとり(左:2023年3月31日、右:2023年4月4日)
須藤さんは店長にLINEメッセージを送っている(4月4日)。
〈不幸になるとか、守るとかそういう問題ではなく、被害者を守るために本社が白黒はっきりつけるための行動をするのが正しいのではないでしょうか?〉
〈本当にしているのであれば犯罪なので、その人に子供を指導させることにもなります。初心者教室から増えた女性のお客様も被害に遭われてると思うと胸が痛くて仕方がありません〉
〈被害者の1人であるわたしがなぜここまで悩まないといけないのか、動くのは本社じゃないのか、とも思います。〉
●被害の深刻さを理解してくれなかったという思い
須藤さんは被害者への不十分なケアの問題もあると話す。
「一緒に働いていた女性スタッフは精神的にショックをうけて、職場に来れなくなり、会社を辞めました」
須藤さんもまた気持ちが落ち着かなかった。
女性スタッフや女性客、子どもたちの盗撮画像や動画が残っているのが怖い。それを想像させるような背景も、不安に拍車をかけた。
「男性スタッフは職場の給料では手が出ないような電化製品を買ったり、高層マンションに住んだりしていたので、なんでそんなに稼いでるの?と言われていました。盗撮した画像や映像が販売されたり流されたりしてないか不安です」
盗撮の問題に対処した社員と須藤さんとのLINEのやりとり(2023年4月6日)
対処にあたった社員に聞いても、被害の実態について明確な回答はもらえなかったと振り返る。企業側も正確な事実関係を把握できていない可能性はあるが、気持ちに寄り添ってもらえていないと感じた。
大きすぎるショックを1人では抱えきれず、須藤さんは医師への相談を望んだ。
「盗撮の事情を知る社員に、産業医など会社の医師がいれば紹介してほしいと頼みましたが、『わかった』と言われたまま、何も連絡はありませんでした」
●結局、女性は企業を辞めた
同じ施設では働けなくなった須藤さんは別の職場に異動したが、1年が経過すると、再び同じ施設での勤務を指示された。
「別の職場と施設での勤務がだいたい半々だったのでまだ耐えられていましたが、施設での本格勤務を伝えられて心が折れました。しかも、盗撮で私がどんな状況にあったかわかっている社員から告げられたことで、もう会社を信じられなくなってしまいました」
盗撮被害があまりに軽んじられていると傷つき、企業を辞めた。
●利用客には知らせなくてよいのか
須藤さんは、被害が社内外に公表されなかったことをもっともおかしいと思っている。
男性スタッフの退社は社内で通知されたが、かといって盗撮が理由だとは明かされなかったという。
利用者も盗撮を知らないままのようだ。
「問題がわかって警察に通報するまでに、15人ほどの女性客と、園児から小学生まで3人程度のお子さんが女子更衣室をご利用されていました」
盗撮の現場となった可能性がある更衣室を利用していた客には、幼い子どもや女性客がいた。利用者の盗撮動画や盗撮画像が存在するかもしれないし、流通しているかもしれないおそれを須藤さんは感じていた。
企業側は盗撮動画の存在を把握できないのだとしても、そのようなリスクが生じてしまったことを利用者に伝える義務があるのではないか——と須藤さんは考える。
「あのときから利用している女性のお客さまが、最近まで施設に来てくださっています。事情を知らない彼女に、私から起きたことを伝えてよいのかもわかりませんでした」
弁護士ドットコムニュースは施設を運営する企業に対して質問状を送り、取材した内容の事実関係を確認しようとしたが、回答を得ることができなかった。
「ご指摘の件に関しまして、当該人物においてはすでに退職しており、当社とは関係のない人物となります。また、個人に関わる内容であり従業員への配慮や個人情報保護の観点、さらには名誉棄損のリスクもあることからご依頼の取材内容への回答を差し控えさせていただきたく存じます」
●盗撮被害が心身に与える深刻な影響
盗撮は各地の迷惑防止条例違反や建造物侵入罪などに問われる。また、より重い法定刑の「撮影罪」が2023年7月に施行された。
2023年春の出来事が撮影罪に問われることはない。とはいえ、盗撮が大きな問題として社会に広がっていた時期だ。
性被害の問題にくわしい上谷さくら弁護士は、「盗撮された」「盗撮されたかもしれない」という状況に遭遇した被害者が受ける心身の影響について、次のように語る。
「盗撮の罪深さは、犯行が手軽にできてしまうのにくらべて、被害者に『いつ、どこで撮られたかわからない』という計り知れない恐怖を与えるところにあります。
自分が気づかぬうちに被害に遭っていた、遭っていたかもしれないという事実は『今この瞬間も撮られているかもしれない』という拭いがたい不安を被害者に植え付けます。
その結果、外出が怖くなったり、人間不信に陥ったりします。自分の画像がネットに流出していないか、毎日検索して探し続ける人もいます。盗撮の画像や映像が見つからなければ安心、というわけではなく、『まだ見つからないだけかもしれない』という恐怖が続くのです。
残されたであろう盗撮画像に映る自分とは別人になろうとして、服装や髪型を全く変えてしまったり、人間関係を断ち切ってしまったりする方もいます」
そのうえで、企業は被害者の不安に耳を傾け、異動の希望があれば可能な限り応じるべきと強調する。
また、警察の捜査状況や結果は必ず確認すべきであるし、加害者への面談などを通じて、動画が存在するかどうかなどを独自に確認して、被害者が求めるのであれば情報を共有すべきだと話す。
そして、少なくとも社内で処分の事実を公表するだけでなく、それが営業面でマイナスだとしても被害に遭った可能性のある利用客には個別に説明を尽くすべきだと指摘した。
「もし被害に遭った可能性があって、事件化を望むのであれば、従業員本人も被害届を出すほうがよいです。警察は被害届の即時受理を徹底するように指導されています。個人で被害届を出すことは勇気が必要かもしれませんが、今回のような不安が減ることが期待できます」