性犯罪や虐待の被害から子どもを守る法制度の整備への社会的要請が年々高まっている。そんな中、2023年の刑事訴訟法改正で新設された同法321条の3により、犯罪の被害者になった子どもらに聴取した録音・録画映像が一定の要件のもと、刑事裁判で証人尋問(主尋問)に代替する証拠として使えるようになった。
その際、子どもらへの聴取は、供述者の心理的負担を軽減しながら正確な情報を聞き出す「司法面接」という手法で行われるが、その運用には色々と課題もあるようだ。供述鑑定人などとして長年、捜査や裁判に関わってきた青山学院大学の高木光太郎教授(供述心理学)に話を聞いた。(ノンフィクションライター・片岡健)
●子どもへの司法面接に問題がある事件の鑑定依頼が増えている
──犯罪被害に遭った子どもらに聴取した映像が裁判で証拠にできるようになった意義はどんなところにありますか。
そもそも、犯罪被害に遭った子どもに何回も話を聞いてはいけないのです。とくに傍聴人もいる法廷のような場所で子どもに話を聞いても、二次被害を与えるだけで、記憶の変容のリスクも高まるので、真実の探求にはほとんど役に立ちません。
たとえばイギリスでは、虐待被害に遭った疑いがある子どもがいれば、まず聴取の専門家が話を聞いて録音・録画し、その映像を法廷で証人尋問の主尋問の代わりに使えるというルールが90年代からありました。日本も2023年の法改正でようやく、それに近いことができるようになったということです。
──「司法面接」という手法での子どもたちへの聴取は、どのように行われているのでしょうか。
現在、子どもが被害者になった事件では、検察官、警察官、児童相談所の職員といった関係者たちがそれぞれ別に子どもを面接するのではなく、協同で面接を行っています。代表者一人が面接を行い、それ以外の関係者は別の部屋にいて、モニターで面接の様子を見るというやり方です。
各検察庁はソファなどが置かれた司法面接用の部屋を用意しています。そして面接中の様子は必ず録音・録画されています。
法改正により、このような手順で子どもらに行われた司法面接の録音・録画映像が裁判で証拠にできるようになったのは素晴らしいことだと思います。ただ、法改正以来、私のもとには司法面接に問題がある事件の鑑定依頼が増えていて、運用はうまくいっていないように感じています。
●検察官の子どもへの司法面接が誘導的になりがちな理由
──どんな問題があるのでしょうか。
司法面接では、子どもから自発的に経験したことを話してもらわないといけないので、面接者が子どもより先に事件の内容を話してはいけません。たとえば、子どもに対して「お父さんに殴られたそうだけど、そのことを話してもらえますか?」という質問をしてはダメで、最初は「今日はなぜ、ここに来たかわかりますか?」という聞き方をしないといけません。
司法面接を担当する検察官は、ある程度専門的なトレーニングを受けているようで、面接の映像を見ていると、最初のうちはそういう手順をちゃんと踏んでいます。ただ、検察官が面接をすると、起訴に向けた情報収集を意識してしまうのか、面接の途中から子どもへの質問などが誘導的になることが多いのです。
たとえば、子どもから性被害の聴取をする際に使うアナトミカルドールという人形は、子どもの記憶を誘導する危険があるので、限定的な場面でしか使ってはいけません。しかし検察官の中には、司法面接中に子どもがうまく話せないでいると、そういう配慮をせず、この人形をすぐに使ってしまう人もいます。
刑訴法321条の3では、子どもらへの聴取の録音・録画映像が裁判で証拠として使えるのは、適切な方法で聴取が行われた場合だという趣旨のことが書かれてはいます。しかし、どういう方法で聴取すればよいかは具体的に書かれていません。面接を行う検察官には、聴取の仕方をもっとちゃんと研修してもらうなどの措置をとらないといけないと思います。
●近しい大人が言うことを自分の記憶や体験より信頼しがち
──やはり子どもは大人に比べ、記憶や供述が誘導されやすいのでしょうか。
就学前の子どもは「客観的事実」という概念を十分には理解していないという研究があります。その概念を持つのは、通常は6歳くらいになってからです。体験した出来事を自分の思い出として保持する記憶を「自伝的記憶」というのですが、小学校を卒業するくらいの年齢でようやくこれが完成するのです。
そして子どもは大人に守られて生きているため、親などの近しい大人が言うことを自分の記憶や体験より信頼しがちです。たとえば、子どもは聴取者に「昨日はどこに行ったの?」と質問され、記憶がない場合でも、横にいる親が「プールに行ったでしょう」と言えば、すぐに「うん、プールに行った」と答えてしまうのです。
──司法面接で録取された子どもたちの供述には、内容的におかしいものもあるのでしょうか。
「この被疑者は冤罪ではないか」と思うケースもあれば、「この被疑者は冤罪ではないにしても、子どもが供述する被害内容は真実ではないのではないか」と思うケースもあります。
たとえば、「教室でクラスのみんながいる時に、先生にふとももを触られました」という子どもの供述を見た時は、本当にそんなことをするのだろうかと思いました。
イギリスでは、「聴取を行う捜査官」は専門的な研修を受ける必要があり、「現場で犯人を追う捜査官」とは区別されています。日本では、被疑者を起訴する検察官が自ら聴取も行うので、子どもの供述をコントロールしてしまいがちなのだと思います。日本の捜査機関も聴取については、専門家を置く必要があると思います。
●性被害では、心のケアをする際に記憶が書き換えられてしまうことも…
──そのほかに司法面接の現状で検討が必要な問題は何かあるでしょうか。
性被害については、子どもの被害者に限ったことではないですが、被害に関する聴取だけではなく、心のケアもしないといけません。しかし、この心のケアの際、記憶が書き換えられてしまうことがあります。
心のケアを行うのはセラピストや臨床心理士、精神科医などですが、被害者の言うことを否定せず受け止め、前向きな気持ちになるような手法が多く用いられます。その手法で被害者から被害の話を聞くと、実際に経験したことと違う話になってしまう可能性が決して小さくないのです。
──そういう問題には、どのように対処すればよいのでしょうか。
被害者が心のケアを受ける前にちゃんとした聴取を受ける仕組みづくりが重要です。心のケアを受ける前に被害について聴取されるのは辛いですが、あとでまたクドクドと事件のことを聞かれると、かえって辛い思いをします。そうならないように最初に被害の証拠をしっかり固めておくのが正しいやり方だと思います。
【取材協力】
高木光太郎(たかぎ・こうたろう)
青山学院大学社会情報学部教授。供述心理学者。所属学会は日本心理学会、日本発達心理学会、法と心理学会など。供述鑑定を手がけた事件は、前川彰司さんが今年、再審で無罪になった福井女子中学生殺害事件、原口アヤ子さんが3度再審開始決定を受けながらすべて取り消される異例の展開となっている大崎事件など多数。著書に「証言の心理学」(中公新書)など。