北海道恵庭市に本社を置く農業機械販売会社の営業所長として勤務していた男性が、取引先の顧客とのトラブル対応をめぐって上司から必要な支援を受けられず精神疾患を発症したとして、男性の妻である女性が10月23日、同社に対し安全配慮義務違反などに基づく損害賠償を求める訴訟を宇都宮地裁に起こした。
被告の会社側は弁護士ドットコムニュースの取材に「訴状を受領次第、内容を検討し、適切に対応したい」としている。
●顧客から「お前もリスク負え」「家を担保に入れるか退職届か」
訴状や原告側の会見での説明によると、藤田和明さん(2024年2月に72歳で死亡)は1974年、この会社に入社。2005年11月から栃木営業所の営業所長として勤務していた。
和明さんは2006年5月下旬以降、以前から取引関係にあった顧客からビニールハウス建築の相談を受けるようになり、同年10月7日、和明さんが業者に外注していたビニールハウス資材の納品時間が予定より1時間半ほど早く現場に到着したことで、この顧客が激昂したとしている。
同月24日には、工事の見積りをめぐって「今までの信用なし今後何があっても知らない」などと迫られたという。和明さんはその後も、顧客から「お前もリスクを負え」「家土地を担保に入れるか退職届か」「ハウスの組立工事を白紙にしろ」などと求められたという。
和明さんは上司に助けを求め、警察への通報を相談したが、謝罪に行くよう指示されるなど会社として適切に対応してもらえなかったと原告側は主張する。
訴状によると、最終的に、相手の顧客から責められ続けた和明さんは泣きながら土下座して謝罪することになり、同行した妻の深雪さんも一緒に謝ったという。
●「心因反応」と診断、休職の末に労災認定
和明さんは2006年10月27日以降、不眠や出勤前の腹痛を訴えるようになり、目がうつろになるなどしていた。11月22日から休職し、その後、医師から「心因反応、抑うつ状態」と診断された。
2008年5月に宇都宮労基署から休業補償給付を支給され、2023年6月には後遺障害等級第9級の認定を受け、労災一時金の支給が決定。しかし、2023年1月に大腸結腸癌と診断されていた和明さんは、24年1月に72歳で死亡した。
●原告「会社は安全配慮義務に違反した」と主張
訴状によると、原告側は、使用者は労働者の心身の健康を損なわないよう注意する義務を負っているとした上で、被告の会社は顧客からの不当な要求を認識しながら、応援体制の確立や責任の分散といった必要な支援や協力について定めたルールの策定や周知を怠り、和明さん1人に対応を任せたとして、安全配慮義務に違反すると主張している。
また、損害賠償請求権の消滅時効について、原告側は、後遺障害の存在を現実に認識して賠償請求が可能となった症状の固定日(2023年1月29日)まで損害の全てを知ることはできなかったとして、この日から時効が進行するため時効は成立していないとうったえている。
●被告の会社「訴状の内容を検討し適切に対応したい」
原告の弁護団は、カスハラへの組織対応の重要性を広く知ってほしいとして、提訴後に東京都の厚生労働省で記者会見を開いた。
和明さんの妻で原告の深雪さんは「この悲劇を公にすることで、全ての企業が職場の安全とメンタルヘルスケアを最優先する意識改革につながることを心から望みます」と話した。
被告の会社側は弁護士ドットコムニュースの取材に、次のように回答した。
「現時点では当社に訴状が届いておりませんので、訴状を受領次第、内容を検討し、適切に対応してまいりたい」