勾留中に運転免許の更新手続きをさせなかったのは憲法違反だとして、名古屋刑務所に服役中の受刑者の男性(54)が5月27日、国に対して約338万円の損害賠償を求める国家賠償訴訟を名古屋地裁に起こした。
原告は「出所後に再び中型免許を取得してトラックドライバーとして働くことは絶望的です」とコメントしている。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)
●2020年に逮捕、約4年の勾留中に免許失効
訴状によると、原告の男性は2020年11月に三重県で逮捕された際、有効期限が2021年2月11日の中型自動車第一種運転免許(中型免許)を持っていた。
その後、2024年10月28日までの期間、四日市拘置支所、三重刑務所(刑務所内の拘置区とみられる)、名古屋拘置所で身柄を拘束され続け、その間に中型免許を更新することができないまま失効してしまったという。
●「特定失効者」として免許の再取得もできず
道路交通法は、免許証が失効しても海外旅行や災害などの「その他政令で定めるやむを得ない理由」などがあれば、「特定失効者」として技術試験など免除して簡単に免許証を再取得できる道を残している。
この「やむを得ない理由」について、道路交通法施行令は「法令の規定により身体の自由を拘束されていたこと」をその一つに挙げている。
ところが、原告が拘置所で勾留されている間に、法律が定める要件の「3年」が過ぎ、特定失効者として免許証を再取得することもできなくなったという。
●受験を求めるも拘置所や裁判所は対応せず
訴状によると、名古屋拘置所では「受刑者」を対象とした運転免許試験は実施されていたが、裁判中の被告人などの「未決拘禁者」には受験が認められなかったという。
原告は受験できるように繰り返し申し入れたが、名古屋拘置所長は受験を認めなかった。また、裁判所に対しても勾留の執行を停止して受験の機会を求めたが、裁判所も応じなかったという。
中型免許の試験を受験するためには、まず普通免許を取得し、そのうえで原則2年を経過しなければならないため、原告は「普通免許の受験手数料などまで負担せざるを得ず、甚大な財産的損害を被った」と主張。
拘置所内で免許試験を受けさせず、特定失効者として受験する機会を奪った名古屋拘置所長の対応が、幸福追求権や職業選択の自由などを定めた憲法に違反すると主張している。
拘置所での免許更新をめぐっては、原告の男性の支援者が昨年、衆院議員らに改善を求める署名を渡していた(2024年2月29日、東京都千代田区の参議院議員会館、弁護士ドットコム撮影)
●代理人「現在の運用は早急に改められるべき」
逮捕される前は4トントラックの長距離運転手として働き、出所後もトラック運転手として働くつもりだった原告。しかし、一から中型免許を取得するには2年以上がかかると知り、「再取得してトラックドライバーとして働くことは絶望的」と感じたという。
提訴を決めた理由について、男性は「同じような苦しみを感じている人は私以外にもいるはず。訴訟を提起することで、この問題をあらためて司法に問いたい」とのコメントを出した。
また、原告代理人をつとめる大野鉄平弁護士は次のように話した。
「男性は裁判で無罪を主張していたために勾留日数が長くなり、結果として受験の機会を得られなかった。無罪を主張すればするほど被告人に不利益になりうる運用は合理的ではない。
特に運転免許証は社会復帰をするうえでとても重要なので、免許証を喪失しかねない現在の運用は早急に改められるべきだ」
名古屋拘置所は、弁護士ドットコムニュースの取材に対して「訴状を確認していないので、コメントする立場にない。訴状が届いたら適切に対応します」と回答した。