「日本酒を原価で提供している居酒屋です」
そんな誘い文句にひかれて入った店で一杯やってみた。だが、何だかおかしい。1合(180ml)300円のつもりで注文した日本酒は、小さな細い瓶で出てきたが、容量は100ml。あっという間に飲み干してしまったのだ。
そして、疑問が浮かんだ。ここの日本酒は本当に「原価」なのだろうか。(屋久島ポスト・武田剛)
●1合のつもりが「100ml」
この居酒屋は10年前にオープンし、日本酒を「原価」で飲めるとして人気が広がり、全国に20店近く構えるまでに成長した。
1人540円の「入館料」を支払えば、50種以上の日本酒を「原価」で楽しめるという。
ユニークなのは提供方法だ。多くの居酒屋が一升瓶からグラスに注ぐのに対し、ここでは「特注瓶」(100ml)と呼ばれる小瓶に詰め替えたものを1本ずつ出す。
日本酒の風味を損なわないために、あらかじめ特注瓶に入れて保存することで、鮮度を保つことができるという。ただし、この容量が100mlであることは、メニューやウェブサイトに明記されていない。
リストに並ぶ銘柄の多くは、税込みで1本300〜400円台。もし1合(180ml)であれば、ほぼ市販価格に近いと思われる金額だ。
それゆえに、筆者は誤解した。新潟の「菊姫 山廃純米」を1本180mlだと思って注文したが、実際は100mlで300円だった。
試しにネットで検索すると、同じ銘柄を3185円(1800ml)で販売している店を見つけた。換算すると、100mlあたり約177円だった。
もし仮に市販価格を「原価」とするならば、店の価格は「原価」より約1.7倍に設定されていることになる。
●独自調査、「原価」なのに市販価格の1.5〜3倍
創業間もないこの居酒屋を日経トレンディネットが紹介している(2016年1月21日付)。記事によると、当時の店内には「本日の仕入書」と明記された日本酒リストがあったという。
記事には仕入書の写真が掲載されており、たとえば新潟の「久保田 萬寿」(1800ml)の「仕入値(税込)」は8759円で、1合(180ml)の「売価」は876円となっている。
つまり2016年当時、この居酒屋は仕入れ価格を「原価」として、日本酒を提供していたということになる。
現在のリスト34銘柄のうち、明確に市販価格がネット検索で確認できる9銘柄を抽出して比較してみると、宮城の「あたごのまつ 純米大吟醸」が約3倍、人気の「獺祭 純米大吟醸」は約1.6倍。市販価格の約1.5〜3倍の設定となっていた。
●取材試みるも運営会社は沈黙
この調査結果を踏まえて、運営会社に取材するため、同社の問い合わせフォームから次の質問をした。
<貴社はウェブサイトで「日本酒を原価で提供している居酒屋です」「日本酒は全て原価での提供」などと説明していますが、この「原価」とは、何の金額に対しての「原価」なのでしょうか?>
しかし、返信がなく、7月中に10回ほど本社や本店に電話で催促したものの、担当者からの連絡はなかった。最終的には内容証明郵便で質問状も送ったが、これにも反応がなかった。
●英語では「wholesale price」と説明
結局、同社から「原価」に対する認識は聞けなかったが、公式ウェブサイトには次のような文言が並ぶ。
<50種類以上の日本酒が「原価」で飲める日本酒専門居酒屋>
<日本酒は全て原価での提供。お気軽に全国の有名銘柄を楽しめます>
さらに外国人客に向けては、上記と同じ内容を英語でも説明している。
<Our restaurant is a Sake specialized pub-style restaurant, where you can choose from 50+ kinds of sake at the “wholesale price.”>
「原価」を辞書で引くと、「利益を含めていない仕入れ値段」とある。英語の「wholesale price」については、メーカーや生産者が中間業者などに商品を売る際の「卸売価格」であると説明されている。
これほど「原価」や「wholesale price」を強調する一方で、実際の価格が「利益を含めていない仕入れ値段」ではないなら、不当な広告表示などの被害から消費者を守る「景品表示法」などに抵触するおそれはないのか。
●消費生活センターを通じて見解を尋ねると…
そこで筆者は、一般消費者として、自身が暮らす鹿児島県の消費生活センターにサポート(あっせん)を依頼し、同社に対して「原価」についての説明を求めてみた。
7月中に同センターの相談員が同社の代表電話に3回連絡したが、担当者から返信はなかった。そこで8月5日に本店に電話をすると、ようやく同社の幹部から連絡があり、次の趣旨の説明があったという。
<「原価」については、(1)「仕入れ価格」と(2)「提供するまでの総コスト」という考え方があり、本店としては、(2)「提供するまでの総コスト」を「原価」として、日本酒を提供している。>
それでは、2016年当時にあったとされる「本日の仕入書」は何だったのだろうか。
この説明を踏まえると、当初は「仕入れ価格」を「原価」としていたが、いつの間にか「提供するまでの総コスト」に変えたことになる。
●弁護士「原価の意味を変えたなら、きちんと消費者に説明すべき」
消費者問題にくわしい中川素充弁護士によると、原価の意味は「材料費」を指す場合と、「商品を提供するまでにかかる費用(材料費、労務費、経費)」を指す場合があるが、「飲食業における『原価』は、材料費をあらわすのが一般的」だという。
これを踏まえると、この居酒屋がうたう「原価」については、「仕入れ価格」または一般的な「市販価格」と解されると考えられるという。
では、当初は「仕入れ価格」だった「原価」が、その後に「提供するまでの総コスト」に変わったとすれば、問題はないのか。
この点について中川弁護士は「当初は仕入れ値としていたのに、それが今では異なるのであれば、それを変えたこと、原価の意味するところをきちんと消費者に説明すべきだ」と指摘している。
<編集部注>記事の一部を修正しました(2025年9月25日)