羽田空港で手荷物検査中の乗客の現金を盗んだとして、保安検査員の男性が窃盗の疑いで警視庁に逮捕されました。
報道によると、男性は9月13日午後6時半ごろ、国内線の保安検査場で、乗客の現金9万円を盗んだ疑いが持たれています。
NHKなどによると、乗客が現金をトレーに置いて検査を受けていた際、男性は現金を自分のワイシャツのポケットに入れ、近くのトイレ個室で補充用トイレットペーパーの芯に隠したとされます。
取り調べに対して、男性は容疑を認めて「今年8月以降、70〜80回ほど財布から現金を抜き取った」「150万円くらい盗んだ」「スリルを楽しむためだった」と供述しているといいます。
空港の保安検査は国際的にも厳格な管理が求められる分野です。職員自身による窃盗は、刑事責任だけでなく、雇用主である会社にも民事上の責任が及ぶ可能性があります。簡単に法的ポイントを整理します。
●ふつうの窃盗より重い処罰も
当然ながら、窃盗罪(刑法235条・10年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金)が成立します。
検査員は職務上、乗客の荷物や貴重品を管理する立場にあり、乗客も検査を受けるために現金をトレーに置かざるを得ません。このような信頼関係や地位、システムを悪用した犯行は、単純な窃盗に比べ社会的非難が強く、量刑で重く考慮される要素となります。
さらに被害総額が150万円と高額で、70〜80回の常習性も認められることから、悪質性の高い事案として厳しい処罰が予想されます。
ただし、このようなケースで、すべての窃盗を起訴することは稀で、証拠の確実な数件を起訴して、余罪は量刑判断で考慮するのが一般的です。
● 警備会社に「使用者責任」が及ぶ可能性も
民事上、男性本人は被害者に対して不法行為に基づく損害賠償責任(民法709条)を負います。
あわせて雇い主の警備会社にも、使用者責任(民法715条)が認められる可能性があります。
使用者責任が成立するには(1)従業員が第三者に対し不法行為責任を負うこと、(2)会社と従業員に使用関係があること、(3)従業員が会社の「事業の執行について」不法行為をしたこと──が必要です。
(3)の「事業の執行について」の判断が争点となりますが、判例は、業務に関連する不法行為だけでなく、「外形的に職務範囲内と認められる行為」も含むとしています。
今回の窃盗は、手荷物検査の職務中に、その職務上の立場を利用して窃盗をおこなったものです。このため、外形的に職務の範囲内とみなされ、警備会社の責任が認められる可能性は高いといえます。
●羽田空港は責任を負わない可能性大
一方、被害者が羽田空港に責任を追及するのは、かなり難しそうです。
空港は通常、警備会社と業務委託契約(請負契約)を結んでおり、請負人が第三者に加えた損害について、注文者(空港)が賠償責任を負うことは原則ありません(民法716条本文)。
ただし、空港が指示や監督で過失を犯していた場合には、例外的に責任を問われる可能性があります(同条ただし書き)。
●被害者の請求先は?
前述のとおり、被害者は検査員本人に加え、警備会社に対しても損害賠償を請求できます。どちらに対しても全額請求でき、支払義務は連帯的です。ただし、二重取りはできず、一方から全額を受け取れば、他方への債権は消滅します。
仮に警備会社が全額を支払った場合には、従業員に対して求償するのが一般的です。ただし、使用者責任の趣旨から、会社も一定の責任を負うべきと判断される場合があります。
今後は、警備会社による内部調査や、再発防止に向けた管理体制の強化が求められそうです。
(弁護士ドットコムニュース・弁護士/小倉匡洋)