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「黙秘されて、罪に問えなかった…」娘を失った遺族が直面した司法の不条理
2018年05月31日 08時30分

名古屋市内の漫画喫茶店で働いていた加藤麻子さん(享年41歳)が2013年、遺体で見つかった。同年、加藤さんを死亡させ(傷害致死)、死体遺棄した疑いで漫画喫茶店・元経営者の夫とその妻が逮捕される。任意聴取の段階では、2人はその死に関与したことを認めていたが、逮捕後は一転、黙秘に転じ、検察は死体遺棄のみで2人を起訴。

一度は罪を認めた2人はなぜ、傷害致死罪に問われなかったのか。そして一体、加藤さんはなぜ死んだのか。

ノンフィクションライターの藤井誠二さんが、遺族や加害者とされる元経営者などに取材し、真相に迫った『黙秘の壁 名古屋・漫画喫茶女性従業員はなぜ死んだのか』(潮出版社)を上梓した。

本書の中で藤井さんは、加藤さんの両親は娘を亡くし、さらに「被害者遺族の『知る権利』がかなえられない法律や制度のあり方と闘ってきた」と書く。取材を通じて藤井さんが見た「黙秘の壁」とはどんなものだったのか、話を聞いた。

名古屋市内の漫画喫茶店で働いていた加藤麻子さん(享年41歳)が2013年、遺体で見つかった。同年、加藤さんを死亡させ(傷害致死)、死体遺棄した疑いで漫画喫茶店・元経営者の夫とその妻が逮捕される。任意聴取の段階では、2人はその死に関与したことを認めていたが、逮捕後は一転、黙秘に転じ、検察は死体遺棄のみで2人を起訴。

一度は罪を認めた2人はなぜ、傷害致死罪に問われなかったのか。そして一体、加藤さんはなぜ死んだのか。

ノンフィクションライターの藤井誠二さんが、遺族や加害者とされる元経営者などに取材し、真相に迫った『黙秘の壁 名古屋・漫画喫茶女性従業員はなぜ死んだのか』(潮出版社)を上梓した。

本書の中で藤井さんは、加藤さんの両親は娘を亡くし、さらに「被害者遺族の『知る権利』がかなえられない法律や制度のあり方と闘ってきた」と書く。取材を通じて藤井さんが見た「黙秘の壁」とはどんなものだったのか、話を聞いた。

●「被害者遺族にとっては神も仏もない」

これまでも光市母子殺害事件などの被害者遺族を取材、執筆してきた藤井さん。今回、『黙秘の壁』には、黙秘という司法制度が時に「(加害者の)逃げ得になってしまうことがある。そういう現実を知っておいて欲しい」との思いを込めたと話す。

その言葉通り、本書には遺族と密に関係を築いていった藤井さんに生まれた司法制度に対する苛立ちと強い怒りが伝わってくる。たとえば「法や制度には限界があることは、今回の取材を通して嫌というほど実感させられた。いや、何よりも被害者遺族にとっては神も仏もないというものだった」と書く。

この事件では、弁護士がついてから夫婦は黙秘を始めたとみられる。藤井さんは「供述がありながらも、刑事裁判では様々なパズルが組み合わず、結果的に『加害者』が懲役2年程度で出所することになってしまった」と語る。

「不幸にも、発見時には白骨化していたため、法医学者2人の判断も異なり、死因が確定できないなど悪い条件が重なってしまった。もちろん事件については、引き起こした『加害者』が悪いわけですが、事件が司法手続きに乗った後の展開が複雑でした。捜査や裁判にかかわった誰かが決定的に悪いという話ではない」

しかし結果として、加藤さんの父母は、大切な娘の命が奪われた悲しみだけでなく、なぜ娘が死んでしまったのか、その理由や状況を知ることができない。そんな理不尽にも苦しめられることとなった。

●「真実義務と誠実義務は本来同居するべきものであるはず」

刑事裁判では、得てして加害者側を弁護する弁護士に批判が向きやすい。しかし藤井さんは単純に「加害者を弁護するな」と糾弾するわけではない。

藤井さんが問題視するのは、弁護士に課せられた「真実義務」と「誠実義務」のバランスだ。弁護士には真実発見のために協力する「真実義務」を負う一方で、依頼者の利益になるよう弁護にあたる「誠実義務」もある。いずれも、刑事訴訟法や弁護士法などに規定された「義務」だ。

「知り合いの弁護士たちに聞くと『対国家、刑事事件であれば、被告人にとって不利になるものを排除するのが当然だ』と説明するわけです。しかし結果として、当事者、遺族が何もわからない、という結果を招くことも多々あります。

真実義務と誠実義務は本来同居するべきものであるはず。刑事裁判は、何があったのか事実を追求する場でもあるのではないか」と話す。

●遺族の元に「(賠償金の)お支払いの予定はありません」との通知書

藤井さんは本書を通して「いろいろな弁護士さんの意見を聞きたい」と期待している。

「藤井が間違っている、遺族は泣き寝入りでも仕方がない、という意見でも教えて欲しいと思っています。

ある弁護士は、刑事では無理だとしても、民事があると言いました。その弁護士の意見は本書に掲載しました。でも、この事件では民事裁判で加藤さんの死亡に関与したと認める判決が確定したのに、賠償金の支払いをすぐに拒否してきました。加藤さんの遺族は、刑事と民事の弁護士費用などの裁判費用として数百万円を持ち出しています。そういう現実に対して、どんな対応ができるのか。読者の声を聞きたいです」

事件をめぐっては、2018年3月に名古屋地裁は、遺族が慰謝料など計2億円を求めた民事裁判で、死亡に関与したとして夫婦に約6700万円の支払いを命じている。しかし、賠償金の支払いを求める遺族の元に届いたのは「お支払いの予定はありません」と書かれた夫妻の代理人からの通知書だった。

●離婚後、居場所を求めて歩んだ1人の女性

本書では、殺害されるまでの加藤さんの人生も描かれる。夫の浮気が理由で離婚し、新しい人生を始めようと思った女性が、出会ってはいけない人間との出会いで、1つずつ歯車が狂っていく。そんな1人の女性の孤独な人生が伝わってくる。

藤井さんは、加藤さんを知る複数の人から話を聞き、「仮説でしかないが」と断った上で、その人物像を次のように話す。

「漫画喫茶店の夫妻から加藤さんは暴力を受けたり、長時間労働をさせられたりしていたとの証言があります。寂しさもあって、そんな環境であっても抜け出せず、居場所になってしまったのかもしれない。周りの友人たちは結婚、出産などで幸せそうにしているのにと孤独を深め、孤立していった。その弱みにつけ込まれてしまったのでしょう」

必死に生きていた女性が死んだのに、誰も罪を償わないまま事件が忘れられていいのか。本書からは、数々の理不尽を前に真実を求め続ける遺族とジャーナリストの悔しさが伝わってくる。加害者が罪を償うその時まで、事件は「解決」しないのだ。

【事件の経緯】

2013年、前年に失踪した加藤麻子さんの遺体が愛知県南知多町の畑で見つかる。加藤さんが勤務していた漫画喫茶店の元経営者夫婦は、愛知県警の任意聴取に「殴っているうちに死んだ」と供述し、先に死体遺棄、その後、傷害致死の容疑で逮捕されたが、最初の逮捕直後、黙秘に転じる。検察は傷害致死罪の起訴を断念し、2人は死体遺棄罪で懲役2年2カ月を言い渡された。2018年3月、名古屋地裁は民事訴訟で、夫婦の暴行で死亡したと認定し、約6700万円の支払いを命じた。

【書籍情報】

『黙秘の壁 名古屋・漫画喫茶女性従業員はなぜ死んだのか」(藤井誠二著、潮出版社)

・書籍サイト:https://www.usio.co.jp/html/books/shosai.php?book_cd=4217

・『黙秘の壁』の「序章」も公開中  http://www.usio-mg.co.jp/archives/4731

「黙秘の壁」

(弁護士ドットコムニュース)

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