LED製造大手「日亜化学工業」を退職する際、研究データを不正に削除したなどとして、元社員の40代男性が11月19日、電子計算機損壊等業務妨害罪で徳島県警に逮捕された。
報道によると、男性は2021年6月、社用の共用パソコンで「時限式プログラム」を仕掛け、退職日に合わせて研究データの入ったフォルダを消去したとされる。
今回のケースと同じ土俵で語ってよいか、少し微妙なところではあるが、ネット上では「退職日にマクロを消した」という武勇伝めいた話が流れることもある。
今回のケースは、実際に刑事事件へと発展したかたちだ。どんな犯罪なのか。今井俊裕弁護士に聞いた。
●業務を妨害する「おそれ」があれば成立する
──電子計算機損壊等業務妨害罪は、どのような場合に成立しますか。
社用パソコンのデータを故意に消すことで、データが使えなくなったり、本来の作動ができなくなり、会社の業務を妨害するおそれが生じる場合に成立します。
現実にどれほど支障が生じたかまでは犯罪の成否に関係しません。「業務が妨害されるおそれ」が生じた段階で既遂(犯罪が完成した)と評価されます。
時限プログラムを仕込む行為は、その時点ではまだ業務は妨害されていませんが、「妨害するおそれは生じた」と評価できれば既遂、「発動時点で初めておそれが生じた」とみれば未遂となります。いずれかは具体的事情で判断されます。
●うっかりミスなら犯罪にならないが…
──わざとじゃなく、うっかり消してしまった場合は罪になりますか。
故意ではなく、うっかりミスであれば、犯罪にはなりません。また、会社が事前にデータ消去を承諾していた場合も違法性はありません。
ただし、今回のように時限プログラムをわざわざ仕込む行為は、通常「うっかり」とはいえず、故意が認められる可能性が高いでしょう。
●「引継ぎの指示がなかった」は通用するのか
──報道では、元社員が「引継ぎの指示がなかったので不要と思った」と述べたとあります。
引継ぎの指示が実際にあったかどうかはわかりませんが、社用パソコンに入った重要なデータを消せば、業務に支障が生じることは通常、認識しているはずです。そのため、仮に引継ぎの指示がなかったとしても、犯罪が成立する可能性は高いと考えられます。
●バックアップがあっても犯罪は成立する
──会社によってはバックアップデータをとっています。今回のケースへの影響は?
バックアップがあってデータ復元が可能だったとしても、消去した時点で業務を妨害するおそれを生じさせたと評価されれば犯罪は成立します。ただし、バックアップの存在は、刑の重さを決める際に情状として考慮される余地があります。
●民事では「実際の損害」が必要
──元社員は別途、民事裁判で1000万円の賠償命令を受けています。
時限プログラムを故意に仕込み、その結果、会社に具体的な損害が出た場合には、民事上の賠償責任が生じます。
ただし、刑事と違って、民事では「会社の業務を妨害するおそれ」が生じただけでは足りず、金額として算定可能な損害が必要です。