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警部補の自殺、静岡県の責任を認めた「最高裁」の統一判断とは 二審では判断分かれる 代理人弁護士に聞く
2025年03月12日 10時44分
#過労死 #静岡県警 #警部補 #警察官自殺

静岡県警の警部補の男性(当時31歳)が自殺したのは長時間労働などが原因だったとして、男性の両親と妻子がそれぞれ別に静岡県に損害賠償を求めた2つの裁判の上告審で、最高裁第2小法廷は3月7日、県の賠償責任を認める判決を出した。

二審の広島高裁では、両親が敗訴し、妻子の方は勝訴するという判断に分かれており、最高裁がこの日、統一の判断を下した形となった。

同じ事案にもかかわらず、なぜ広島高裁では判断が分かれたのか。妻子の代理人を務めた波多野進弁護士が争点や最高裁の判決のポイントを詳しく解説する。

静岡県警の警部補の男性(当時31歳)が自殺したのは長時間労働などが原因だったとして、男性の両親と妻子がそれぞれ別に静岡県に損害賠償を求めた2つの裁判の上告審で、最高裁第2小法廷は3月7日、県の賠償責任を認める判決を出した。

二審の広島高裁では、両親が敗訴し、妻子の方は勝訴するという判断に分かれており、最高裁がこの日、統一の判断を下した形となった。

同じ事案にもかかわらず、なぜ広島高裁では判断が分かれたのか。妻子の代理人を務めた波多野進弁護士が争点や最高裁の判決のポイントを詳しく解説する。

●8年目の警部補、2012年に自死

静岡県警の8年目の警部補(交番長・被災職員)が、▼連続窃盗事件の発生による超過勤務・休日勤務の増加(長時間の時間外労働)▼連続勤務▼交番勤務員の2名呼び上げによる負担増加(捜査専従のため交番勤務からベテラン警察官が2名離脱し、新人の補充)▼海外研修に選ばれたことによる準備の負担(実際の海外研修のみ公務扱いで、これ以外の事前研修やその準備は公務扱いにならなかったため、数少ない週休日や当直明けに事前研修の参加や準備を行っていた)などの負荷が重なってうつ病を発症し、平成24(2012)年3月に自死しました。

警部補の遺族が静岡県に損害賠償請求していた件について、最高裁第二小法廷令和7年3月7日判決で遺族側勝訴の判断が下されました。判決文は最高裁のホームページに全文掲載されています。

●争点1「公務の過重性とうつ病発症との因果関係」

第1 本最高裁の事案の争点

1 争点1(公務過重性と因果関係(うつ病発症との間))

一審被告は「1月当たりおおむね100時間以上の時間外勤務を行ったことに加え、質的に過重な業務を行ったことが、業務との因果関係(業務起因性)が認められる要件(必要条件)となる」として公務災害の認定基準(行政基準で認める質的負荷の出来事に該当する必要がある)と主張する。

これに対し、(1)事件の一審原告は広島高裁判決(遺族側勝訴)が電通最高裁判例に合致していて正しい、電通最高裁判決は「労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところ」としていて、広島高裁判決が認定している発症前1か月の時間外労働時間117時間45分だけでも「労働者の心身の健康を損なう危険その危険」な業務である。しかも(1)の広島高裁判決が認定する質的な負荷(連続勤務など)を合わせ考慮すればなお一層、電通最高裁判決が妥当する。

東芝うつ病解雇事件(最判平成26年3月24日労判1094号22頁)、アテスト(ニコン熊谷製作所)自殺損害賠償請求事件東京高裁平成21年7月28日判決(労働判例990号50頁・最高裁上告棄却で確定・一審:東京地裁平成17年3月31日判決労働判例894号21頁)では時間外労働・休日労働が連続して1か月100時間にも及ぶというような明確な数値として現れていないものの、夜勤交代制の負荷などの危険を踏まえて、因果関係・責任を認めている。

個々の事案ごとに他の心理的負荷要因についての相違があるものの、自死前に月100時間を超える時間外労働が認められるときは、判例は相当因果関係並びに注意義務違反(安全配慮義務違反)を認めている。

また、少なくとも月100時間以上の時間外労働時間が精神障害を発症させる程度の業務上の心理的負荷と認められることは、上記以外にも多くの裁判例によっても支持されている。

●争点2「予見可能性はあったか」

2 争点2(予見可能性(責任))

一審被告は、上司等が必要な措置をとる前提となる警部補の体調悪化(さらには恒常的な著しい長時間勤務)に関する認識を有していなかったこと、電通事件最高裁判決が、上司等が従業員の健康状態の悪化を認識していたことを前提とするものであること、自殺の兆候がなかったことなどを理由に予見可能性がないと主張する。

しかし、一審被告の主張は電通最高裁判決に完全に反するもので、既に電通最高裁判決で決着済みの問題を蒸し返そうとするものである。

なお、(2)の広島高裁判決(以下「(2)判決」という)が電通最高裁判決に反した判断をしたため、一審被告はそれに沿ってかかる主張を行ったと考えられる。一審被告の予見可能性は十分認められる。

過労自殺事案における予見可能性、結果回避可能性については、電通事件最高裁判決の最高裁調査官の判例解説が重要である。

「最高裁判所判例解説民事編平成12年度上」(363頁)、「法曹時報」52巻9号(349頁)で、次のように解説している(なお、不法行為上の使用者又は代理監督者の注意義務についてである)。

「Y社の上告理由には、Aの当時の状況から見てその上司らがAのうつ病り患又は自殺の結果を具体的に予見することはできなかったと主張する部分があるが、本判決の述べるように、長時間労働の継続などにより疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると労働者の心身の健康を損なうおそれがあることは周知のところであり、うつ病り患又はこれによる自殺はその一態様である。

殊に、Aの健康状態が悪化したことが外見上明らかになっていた段階では、既にうつ病り患という結果の発生を避けられなかった可能性もあることを考えると、使用者又はその代理監督者が回避する必要があるのは、やはり、右のような結果を生む原因となる危険な状態の発生であるというべきで、予見の対象も、右に対応したものとなると考えられる」

以上の判例解説の考え方は合理的であり相当である。

電通事件や本件のように、業務上の疲労や心理的負荷が過度に蓄積した結果うつ病等精神障害に罹患し死亡に至る場合には、危険な結果(うつ病罹患又はこれによる自殺)を生む原因となる状態(長時間勤務等の労働実態)を、使用者(任命権者)又は代理監督者(安全配慮義務については履行補助者)は回避すべきである。

そして、注意義務違反における予見可能性をめぐる予見の対象としても、使用者又は代理監督者が、結果(=うつ病り患又はこれによる自殺)を生む原因たる状態(長時間労働等の労働実態)を認識していたかどうか、あるいは認識可能だったかどうかが問題とされる。

すなわち、心身の健康を損なってしまった労働者の労働実態について、使用者又は代理監督者が認識していたか(または認識可能だったか)が問題である。

なぜなら、使用者又は代理監督者が、その労働実態を認識しておれば(または認識可能であったならば)、当該労働実態を改善して、危険な結果(うつ病のり患又はこれによる自殺)を回避することが可能だったからである。

言い換えれば、使用者又は代理監督者が、外見上心身の健康を損なってしまった労働者の状態を認識していたかどうかは要件ではない。

なぜなら、前記判例解説が指摘するように、使用者又は代理監督者が、労働者が外見上心身の健康を損なった状態を認識した段階では、すでにうつ病り患という結果が発生している可能性があり、したがって、うつ病り患の症状としての自殺企図もいつでも発生するかもしれない状態に陥っているからである。

●最高裁判決のまとめ

第2 本日の最高裁判決の内容

1 (1)の事件・(2)の事件の結論

(1)上告棄却で遺族側の原審の勝訴判決が確定し、(2)については破棄差し戻し(損害額などの認定のため)となり、いずれも遺族側の勝訴となった。

2 過重性の判断と因果関係((1)について・(2)についても基本的には同じと思われる)

最高裁は原審が認定した事実関係をもとに通常業務に加えて過重な業務を再度確認している。

そして(2)判決がそれぞれを分断してそれぞれをたいした負担ではないなどとした誤判の典型手法をとったのに対して、最高裁はそれぞれの負荷を認定した上でそれが集中したこと、つまり総合評価しており、これは今回の最高裁判例に限らず従前から行われてきた適正な判断である。

表題以外は以下で引用している。

一 連続窃盗事件の負荷

中央交番管内では平成23年4月頃から住居侵入窃盗事件が連続して発生していたところ(以下、一連の住居侵入窃盗事件を「連続窃盗事件」という)、A警部補は、平成24年2月7日に連続窃盗事件の捜査に専従する捜査班が編成された後も、正規の勤務時間以外の時間に自主的な見回り(以下「連続窃盗事件見回り」という)をしていた。

二 実習生の実習の負担の認定

静岡県警察においては、警察学校初任科課程を修了した実習生(以下、単に「実習生」という)を対象とする職場実習が実施されており、実習生は原則として単独で職務の執行をすることができないため、実習生が何らかの業務に従事する場合には職場実習指導員が同行指導等をする必要があるとされていた。

中央交番では、勤務員2名が上記捜査班に所属することになり、それに代わって実習生2名が配置された。A警部補は、平成24年2月5日、職場実習指導員に指名され、以後、職場実習指導員の業務にも従事した。

三 異動のための引き継ぎ作業の負担

A警部補は、平成24年3月期の異動に関し、下田警察署から異動になるとの見込みを持ち、同年2月頃から、週休日等に中央交番に出勤し、静岡県警察において異動の際に作成することとされていた引継書の作成等の作業(以下「引継作業」という)を行った。

四 海外研修準備の負担

A警部補は、平成23年11月、オランダでの海外研修(平成24年4月8日出発、同年5月3日帰国予定。以下「本件研修」という)について静岡県警察からの唯一の参加者として選出された。

A警部補は、平成23年12月18日、平成24年1月15日及び同年2月26日に静岡県沼津市内において各回4時間程度実施された事前会合に参加したほか、本件研修において英語で行うプレゼンテーションの準備作業にも従事した(以下、事前会合への参加を含む本件研修のための業務を総称して「本件研修準備」という)。

本件研修準備は、A警部補の静岡県警察における業務に当たるものであった。

五 (1)の原審の認定のとおりの時間外労働時間と連続勤務とそこに当直が複合する負荷の認定

A警部補の自殺前6か月の間における1か月ごとの時間外勤務時間数は、原判決別紙2「A警部補の勤務時間(控訴審認定)」中の「1 勤務時間合計」の表の「時間外勤務時間数」欄のとおりであり、自殺直前から遡って、順に117時間45分、56時間8分、69時間30分、98時間30分、96時間30分、25時間であった。

また、A警部補の自殺直前の1か月間における勤務状況は、同別紙中の「2 発症前1か月間(平成24年2月10日~同年3月10日)」の表のとおりであった。

A警部補は、平成24年2月11日から同月24日まで14日間連続して勤務を行い、1日の週休日を挟んで、再び同月26日から同年3月10日(自殺の当日)まで14日間連続して勤務を行った。

これらの連続勤務には、それぞれ5回の当直の勤務が含まれており、A警部補は、各当直明けの非番の日にも、平均して6時間6分の勤務を行った。

3 安全配慮義務違反・予見可能性の肯定

以下のとおり本判決は電通判決を引用しながら、量的にも質的にも過重な業務があったとして、これがうつ病発症など心身の健康を損なう業務の存在と一審被告が予見できなかったなどとする弁解についても予見の対象はその危険を引き起こす可能性のある業務そのものであるとの前提で排斥していると言える。

使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の上記注意義務の内容に従ってその権限を行使すべきものである(最高裁平成10年(オ)第217号、第218号同12年3月24日第二小法廷判決・民集54巻3号1155頁参照)。

この理は、都道府県とその都道府県が置く都道府県警察の警察官との間においても別異に解すべき理由はなく、上記都道府県は、上記警察官に対し、上記注意義務を内容とする安全配慮義務を負うと解するのが相当である。

前記事実関係等によれば、A警部補は、自殺直前の約1か月間に、静岡県警察における業務として、それ以前から行っていた中央交番の交番長としての業務に加えて、職場実習指導員の業務にも従事することとなった上、連続窃盗事件見回りをしていたほか、本件研修準備という中央交番の交番長としての業務とは異なる内容の業務にも従事していた。

その結果、A警部補の自殺直前の1か月間における時間外勤務時間数は、その前の1か月間における約56時間から、その倍以上に増加して117時間を超えるに至っており、A警部補が自殺直前の時期に行っていた業務の量は、従前から行っていた業務に相当程度の負荷を伴う複数の業務が加わることによって大きく増加していたといえる。

また、A警部補は、3班に分かれての交替制勤務を行う中で、自殺直前の1か月間に、僅か1日の休みを挟んで14日間もの連続勤務を2回にわたり行っており、これらの連続勤務の中には、拘束時間が24時間に及ぶ当直の勤務がそれぞれ5回含まれていた上、A警部補は、各当直明けの非番の日にも相当の時間の勤務を行ったというのであるから、このような勤務の態様からしても、A警部補が自殺直前の時期に行っていた業務は、A警部補に相当程度の疲労や心理的負荷等を蓄積させるものであったということができる。

以上によれば、A警部補は、上記の時期に、精神疾患の発症をもたらし得る過重な業務に従事していたということができるところ、A警部補が発症したうつ病エピソードについて、上記業務のほかには、その発症に寄与したと解すべき事情はうかがわれない。

そうすると、A警部補が従事した静岡県警察における過重な業務がA警部補の精神疾患の発症及びこれによる自殺という結果の発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性があると認めるのが相当である。

そして、A警部補の上司らは、A警部補が、管内で連続窃盗事件が発生している中央交番の交番長を務めつつ、職場実習指導員に指名され、本件研修の参加者にも選出されたことを当然に把握している立場にあった上、中央交番の勤務日誌を閲覧し、地域課長においてA警部補から時間外勤務実績報告書の提出も受けていたものであり、それにもかかわらずA警部補の上司らがA警部補の従事する業務の具体的な状況を把握し得なかったと解すべき事情はうかがわれない。

したがって、A警部補の上司らは、A警部補が客観的にみて精神疾患の発症をもたらし得るような過重な業務に従事していることを認識することができたというべきである。

そして、労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、その心身の健康を損なう危険があり、労働者が精神疾患を発症した場合には、その病態として自殺念慮が出現する可能性のあることは、A警部補が中央交番に勤務していた当時においても広く知られていたし、A警部補が自殺の3か月ほど前に受けたストレス診断で最低評価となっていたことも地域課長は知っていたのである。

したがって、A警部補の上司らは、A警部補の業務を適切に調整するなど、その負担を軽減するための措置を講じなければ、A警部補がその心身の健康を損なう事態となり、精神疾患を発症して自殺するに至る可能性があることを認識することができたというべきである。

そうであるにもかかわらず、A警部補の上司らは、A警部補の負担を軽減するための具体的な措置を講じていない。

そうすると、A警部補の上司らは、A警部補に対する職務上の指揮監督権限を行使するに当たって、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積してA警部補がその心身の健康を損なうことがないよう注意すべきであったにもかかわらず、これを怠り、その結果、A警部補が精神疾患を発症して自殺するに至ったというべきである。

したがって、上告人は、被上告人らに対し、A警部補が自殺したことについて、安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負うというべきである。

これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、所論引用の判例(前掲最高裁平成12年3月24日第二小法廷判決)に抵触するものではない。論旨は採用することができない。

●判例から逸脱した広島高裁判決を破棄した最高裁

4 本最高裁判決の意義

一 電通最高裁判例から逸脱した(2)広島高裁判決を破棄し再度電通最高裁判例の意味を明らかにしたこと

電通最高裁判例を無視したり理解していない下級審判決を電通最高裁判例に従ってただすために(1)(2)ともに上告審で審理を行い、電通最高裁判例に基づいて本件の事件に基づいて明確に判断し、電通最高裁判例に反した(2)判決を破棄した。

二 労災や損害賠償請求の事件においては過重性判断のための労働時間(労基法上の労働時間ではない)で判断するのが最高裁判例であること

静岡県(一審被告)も他の事件と同じように指揮監督下にないなどとして(労基法上の労働時間に該当しない)、オランダでの海外研修(本件研修)の準備のための会合や会合に参加するための移動時間について労働時間に該当しないと主張していたところ、一審原告は、労災や損害賠償請求においては賃金発生や刑事罰の対象となる「労基法上の労働時間」ではなく「過重性判断のための労働時間」でおよそ業務、業務に従事していたと言えれば必要にして十分であること、それが最高裁やそれに従う下級審の判決であることを一貫して主張立証していた。

最高裁は一審原告の主張立証に従って本件研修についても、「本件研修準備は、A警部補の静岡県警察における業務に当たるものであった。」と前提事実として摘示し、「本件研修準備という中央交番の交番長としての業務とは異なる内容の業務にも従事していた」ことについて労働時間や他の負荷と同じように上司が認識することができたとしていることからも、最高裁は本件研修を明確に業務として認め、労災の過重性判断や損害賠償請求における過重性判断に際しては労基法上の労働時間ではなく、それとは異なる過重性の判断のための労働時間であることをここでも従前から最高裁の立場であることを再確認したと言える。

三 労働時間を適正に把握していない場合の過重性の判断のための労働時間の認定方法

本件は、労働時間の把握が懈怠どころか、過少申告させたうえ(書き直せるように鉛筆で書かせていた)その過少申告すら更に削除や少なくする方向での修正作業まで行っていた事案であり、静岡県は自己申告の時間外労働時間が実態であると主張していた。

最高裁は、残っている時間外の申告の記録の信用性がない、労働時間の把握が適正になされていない事案において、夫婦間の携帯メールのやりとりの時間や内容、同僚の供述の内容など他の資料や証言や供述に基づいて、時間外労働の申告内容にとらわれず認定するという当たり前すぎることを承認している(むしろそれ以外に算定の方法がないと言えよう)。

四 司法判断における認定基準の意味・位置づけ

控訴審における一審被告の主張が公務災害の認定基準で認められる質的負荷に該当するものがない(公務災害の認定基準の質的負荷の例示されているものはおよそ起こることが極めてまれなものばかりであったこと、つまり自らの行政基準の具体例に依拠し質的負荷がない、それぞれの負荷はたいしたことがないというものであった。

この問題は既に損害賠償請求に先立つ、公務災害の審査請求段階の支部審査会(原処分が公務外決定であったため遺族側の妻がこの原処分に対して不服申立を行っていた。)において遺族側が長時間労働のみならず、民間の労災の認定基準の出来事では連続勤務が明記されていて、直近1か月において14日連続勤務が2回あり、完全な休みはわずか2日で、当直も重なっていることで民間の認定基準ならどのような解釈をしても「強」になることを指摘し、支部審査会はこれらの連続勤務の負荷を認めて公務とうつ病発症との間の因果関係(公務記印影)を認め、公務が意図した原処分を取り消し公務災害として認めていた。

(1)の広島高裁判決は電通最高裁判例に従って一審被告の主張を排斥したが、(2)判決は電通最高裁判例を全く理解せずにこれに無批判に公務災害の認定基準に依拠した一審被告の主張に沿った判決になったと言えよう。

司法判断における行政基準の位置づけ・意味について(2)判決が完全に誤っていたためと思われるが、今回の最高裁は補足意見において、損害賠償請求における過重性の判断のための行政基準について言及し、しん酌することは許されるがこの行政基準に該当しないからといって形式的に過重性を否定してはならないという当たり前のことも以下のように言及している。

<上記の各補償等は、無過失の危険責任に基づく制度であって、上記損害賠償責任とは趣旨を異にするものであり、上記の各基準も、法令が定めるものではないから、これらに示された知見をしん酌し得るといっても、形式的に当てはめるべきものではなく、あくまでも、経験則上の一つの知見としてしん酌するというべきものである。

また、本件との関連でみると、認定基準において、「その他強度の精神的又は肉体的負荷を与える事象」があったものと判断できる場合の一つとして、「発症直前の1か月以上の長期間にわたって、質的に過重な業務を行ったこと等により、1月当たりおおむね100時間以上の時間外勤務を行ったと認められる場合」が示されているが、同時に、これ「に準ずるような業務負荷があったと認められる場合」が示されており、これらは、単に、業務の質的な過重性や時間外勤務の時間数だけではなく、関係する諸事情を考慮して、その負荷の程度を評価すべき趣旨を含むものと解される。

また、労災認定基準においても、「業務による強い心理的負荷が認められること」の要件に関し、具体的出来事の心理的負荷の強度の具体例が示されており、その中には、仕事の量・質に関する具体例として本件に関連するものが含まれるが、そのような具体例も例示であるから、これらを踏まえ、関係する諸事情を考慮して、その負荷の程度を評価すべき趣旨を含むものと解される。

上記の各基準に示された知見をしん酌する場合も、以上の趣旨を踏まえて行うのが相当である>

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