3818.jpg
重度知的障害者の事故死「逸失利益ゼロ」提示…命の価値、どう考えるべきか?
2017年03月02日 09時32分

重度の知的障害を持っていた松澤和真さん(当時15歳)が、入所していた施設から行方不明になり、死亡した事故をめぐって、両親が施設の運営法人に約8800万円の損害賠償を求めて、裁判を起こしている。争点は、請求金額のうち約5000万円を占める「逸失利益」(将来稼いだと予想される収入)がどこまで認められるかだ。

事前の賠償交渉で、施設側は過失を認め、慰謝料として2000万円を提示した。しかし、逸失利益はゼロとしていたため、両親が裁判に踏み切った。

両親の代理人によると、重度の知的障害者の逸失利益は長らく認められてこなかった。近年、認められる裁判例も出てきたが、金額は「最低賃金」や「障害年金」が基準だ。

一方、今回両親が求めているのは、障害のない同い年の男子が亡くなった場合と同じ扱い。具体的には、日本人男性の平均年収(約540万円)を基準に計算して欲しいという。両親らは「(逸失利益の多寡による)命の差別を是正したい」と話している。

重度の知的障害者の逸失利益をめぐっては、これまでどのような判決や議論があったのだろうか。障害者の差別問題にくわしい岩月浩二弁護士に聞いた。

重度の知的障害を持っていた松澤和真さん(当時15歳)が、入所していた施設から行方不明になり、死亡した事故をめぐって、両親が施設の運営法人に約8800万円の損害賠償を求めて、裁判を起こしている。争点は、請求金額のうち約5000万円を占める「逸失利益」(将来稼いだと予想される収入)がどこまで認められるかだ。

事前の賠償交渉で、施設側は過失を認め、慰謝料として2000万円を提示した。しかし、逸失利益はゼロとしていたため、両親が裁判に踏み切った。

両親の代理人によると、重度の知的障害者の逸失利益は長らく認められてこなかった。近年、認められる裁判例も出てきたが、金額は「最低賃金」や「障害年金」が基準だ。

一方、今回両親が求めているのは、障害のない同い年の男子が亡くなった場合と同じ扱い。具体的には、日本人男性の平均年収(約540万円)を基準に計算して欲しいという。両親らは「(逸失利益の多寡による)命の差別を是正したい」と話している。

重度の知的障害者の逸失利益をめぐっては、これまでどのような判決や議論があったのだろうか。障害者の差別問題にくわしい岩月浩二弁護士に聞いた。

●「就労は困難」として、今でも逸失利益が認められないことが多い

逸失利益とは事故がなければ得られたはずの収入を失ったことを損害賠償の対象とするものです。

死亡事故の場合、基礎収入に就労可能年数をかけ、生活費として一定割合を控除して算定されます。算定の基礎となる基礎収入は現実に収入を得ていればその収入額で、学生など未就労の場合は、「平均賃金」を用いて算出するのが一般的です。

判例によれば、逸失利益が認められるためには、収入が得られる「蓋然性」が必要とされています。「蓋然性」とは単なる可能性ではなく、相当程度の確率で確かだと認められることを言います。

軽・中程度の知的障害なら、最低賃金などによって算定された逸失利益が認められていますが、重度知的障害児や重度の自閉症児などの場合、「就労は困難」とみなされ、将来的に収入が得られる「蓋然性がない」として逸失利益を認めない扱いが一般化しています。そのため重度知的障害児に対する賠償額は「慰謝料」のみに止まり、健常児の賠償額の「4分の1」程度になってしまっているのが実情です。

生命侵害の不法行為に対しては、金銭賠償でしか償うことができないのですから、賠償額は「生命そのものに対する法的評価」だともいえます。この差はあまりにも不条理です。

しかし、逸失利益に関する計算手法は、交通事故をはじめとする膨大な死亡事故について一貫して裁判所が採用してきた手法であるため、いまだに重度知的障害児の逸失利益は否定されるのが一般的です。

●知的障害者の「命の価値」が不当に低く評価されている

ようやく2009年12月4日、札幌地裁で重度自閉症の17歳児について初めて逸失利益を認める「和解」がなされ、同年12月24日には青森地裁で重度知的障害のある16歳児について就労の蓋然性を認め、最低賃金を基礎収入とする逸失利益を認める「判決」がなされました。

また、2012年3月30日には名古屋地裁で最重度とされる知的障害のある15歳児について、障害年金を基礎収入とする逸失利益を認める和解が成立しました。しかし、これらは、未だに少数の例に止まり、先例とされるには至っていないのが実情です。加えて、金額も健常者に比べると低額です。

重度知的障害児の逸失利益をめぐる問題は、膨大な裁判実務の壁との闘いで、きわめて困難な課題です。しかし、誰かが切り開いていかなければ、重度知的障害児の生命価値は不当に低く評価されたままになります。

そうした評価は「障害者の権利条約」や「障害者差別解消法」の精神に反し、個人の尊重に根本的な価値を置き、法の下の平等を保障する憲法の精神にも反するものと言わざるを得ないのではないでしょうか。

(弁護士ドットコムニュース)

新着記事
一般的なニュースのサムネイル

同性婚訴訟、東京高裁が「合憲」判断 全国で唯一判断割れる結果に…弁護団「きわめて不当な判決だ」

性的マイノリティの当事者が、同性同士が結婚できないのは憲法に反するとして、国を訴えた裁判(東京2次訴訟)の控訴審で、東京高裁(東亜由美裁判長)は11月28日、現行法の規定を「合憲」と判断した。

一般的なニュースのサムネイル

最高裁で史上初の「ウェブ弁論」、利用したのは沖縄の弁護士「不利益にならない運用を」

裁判の口頭弁論をオンラインで実施する「ウェブ弁論」が今月、初めて最高裁でおこなわれた。

一般的なニュースのサムネイル

夫の「SM嗜好」に苦しむ妻、望まぬ行為は犯罪になる?離婚が認められる条件は?

パートナーの理解を超えた「性的嗜好」は、離婚の正当な理由になるのでしょうか。弁護士ドットコムには、そんな切実な相談が寄せられています。

一般的なニュースのサムネイル

国分太一さん「答え合わせしたい」日テレの拒否は「適正手続」の観点から問題?

コンプライアンスの問題を理由に番組を降板し、活動を休止していた元TOKIOの国分太一さんが、11月26日に東京霞が関で記者会見を開きました。

一般的なニュースのサムネイル

国分太一さん「録音の削除求められた」消さないと違法だったの?弁護士が解説

解散したアイドルグループ「TOKIO」の国分太一さんが11月26日、東京都内で記者会見を開き、日本テレビ側から番組降板を告げられた際、会話を録音しようとしたところ、同席した弁護士からデータの削除を求められたと明らかにした。一般論として、法的に録音の削除に応じないといけないのだろうか。

一般的なニュースのサムネイル

「サケ漁はアイヌ文化の主要な部分」日弁連、アイヌ施策推進法の改正求める意見書

日本弁護士連合会(日弁連)は11月20日、「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律」(アイヌ施策推進法)の5年見直しに際し、アイヌ集団の権利保障やサケ漁の権利の法整備などを求める意見書を公表した。同法附則第9条の見直し規定に基づき、文部科学大臣や農林水産大臣など関係機関に提出した。

もっと見る