5046.jpg
「歯」の電子カルテの「データベース」構想 遺体の「身元確認」のために必要なのか?
2013年06月05日 18時43分

津波被害の大きかった東日本大震災では、遺体の損傷がひどく、容姿や衣服などから「身元」を特定できない場合が少なくなかったという。そんな中で頼りにされたのが「歯」の情報だ。しかし、資料となるカルテの多くが津波でなくなってしまったうえ、紙や電子のかたちでカルテが残っていても、形式が統一されていなかったため、照合に時間がかかってしまった。

こうした反省から、厚生労働省は遺体の身元確認に歯の情報を活用するため、歯科医の電子カルテの標準化に動きはじめたようだ。さらに将来、歯の電子カルテがデータベース化されれば、災害時の身元確認が円滑に進むことが期待されるという。

しかし、見方を変えると、データベース化は、歯医者を通じた国民の管理といえなくもない。電子カルテの標準化やデータベース化には、どのような法的な問題があるのだろうか。歯科医師の資格も持つ元橋一郎弁護士に聞いた。

●「身元確認のための電子カルテ標準化」は本質的な議論ではない

「災害被災者の身元特定のために歯科電子カルテの仕様統一を図るという提案は、眉唾な話ではないかと思います」

このように元橋弁護士は疑問を呈する。そのうえで、歯のデータの提供に関する法的側面について、次のように説明する。

「身元確認のための歯科診療情報提供は、本人の同意が得られていない場合でも、個人情報保護法23条1項3号の『公衆衛生の向上』にあたるとして、警察等に診療情報を提供する余地はあります。歯科医師には刑法上の守秘義務(刑法134条1項)がありますが、正当業務行為(同法35条)として解除されるかもしれません」

身元確認をスムーズにおこなうために「歯の電子カルテ」の標準化をおこなうというプランには、どのような意味があるのか。

「たしかに、歯科電子カルテの仕様が統一されていれば、遺体の歯の抜け方(残り方)や歯の治療跡等のデータと照合する作業がいまよりも容易になるでしょう。しかし、遺体の身元は、これらだけでは確定できず、写真やレントゲン、模型等が必要です。

すなわち、カルテが電子化されるだけでは、レントゲン等の提供までは容易にならないので、身元確認のために歯科電子カルテの様式を統一しようというのは、本質的な議論ではありません」

●電子カルテの標準化のメリットとは何か?

このように元橋弁護士は指摘する。では、「歯の電子カルテ」の標準化は必要ないのか。元橋弁護士は「そうではない」という。

「歯科電子カルテの仕様統一には、次のようなメリットがあります。

(1)診療報酬の電子請求が容易になる

(2)歯科カルテの記述が不十分であることの改善策となる

(3)歯科カルテは自費診療と保険診療の診療録が分かれているが、その統一が図られ、診療報酬の二重請求や診療経過の不明確性が改善される

(4)インプラントやパーセレン冠等の高額自費診療の際の患者への説明、患者の同意が、歯科カルテ上に明確に記載される可能性がある」

つまり、災害時ではなく、日常的な診療の場面を考えても、歯科カルテの電子化や標準化は推進する意義があるというのだ。

「歯科カルテの電子化や仕様統一は、災害時の遺体の身元特定という例外的な事項から論じるのではなく、歯科医療を患者にとってより分かりやすいものとすることができるか、社会全体のコストを抑えることができるか等の観点から、推進の是非を論じていくべき問題と考えます」

最近は、歯科診療の場面でも、電子カルテは当たり前の光景になりつつある。社会全体のIT化の流れからすれば当然といえるが、デジタルデータは流出したら簡単に拡散してしまうというリスクもあるので、個人情報保護に細心の注意をはらいながら、有効活用をしていってもらいたい。

(弁護士ドットコムニュース)

津波被害の大きかった東日本大震災では、遺体の損傷がひどく、容姿や衣服などから「身元」を特定できない場合が少なくなかったという。そんな中で頼りにされたのが「歯」の情報だ。しかし、資料となるカルテの多くが津波でなくなってしまったうえ、紙や電子のかたちでカルテが残っていても、形式が統一されていなかったため、照合に時間がかかってしまった。

こうした反省から、厚生労働省は遺体の身元確認に歯の情報を活用するため、歯科医の電子カルテの標準化に動きはじめたようだ。さらに将来、歯の電子カルテがデータベース化されれば、災害時の身元確認が円滑に進むことが期待されるという。

しかし、見方を変えると、データベース化は、歯医者を通じた国民の管理といえなくもない。電子カルテの標準化やデータベース化には、どのような法的な問題があるのだろうか。歯科医師の資格も持つ元橋一郎弁護士に聞いた。

●「身元確認のための電子カルテ標準化」は本質的な議論ではない

「災害被災者の身元特定のために歯科電子カルテの仕様統一を図るという提案は、眉唾な話ではないかと思います」

このように元橋弁護士は疑問を呈する。そのうえで、歯のデータの提供に関する法的側面について、次のように説明する。

「身元確認のための歯科診療情報提供は、本人の同意が得られていない場合でも、個人情報保護法23条1項3号の『公衆衛生の向上』にあたるとして、警察等に診療情報を提供する余地はあります。歯科医師には刑法上の守秘義務(刑法134条1項)がありますが、正当業務行為(同法35条)として解除されるかもしれません」

身元確認をスムーズにおこなうために「歯の電子カルテ」の標準化をおこなうというプランには、どのような意味があるのか。

「たしかに、歯科電子カルテの仕様が統一されていれば、遺体の歯の抜け方(残り方)や歯の治療跡等のデータと照合する作業がいまよりも容易になるでしょう。しかし、遺体の身元は、これらだけでは確定できず、写真やレントゲン、模型等が必要です。

すなわち、カルテが電子化されるだけでは、レントゲン等の提供までは容易にならないので、身元確認のために歯科電子カルテの様式を統一しようというのは、本質的な議論ではありません」

●電子カルテの標準化のメリットとは何か?

このように元橋弁護士は指摘する。では、「歯の電子カルテ」の標準化は必要ないのか。元橋弁護士は「そうではない」という。

「歯科電子カルテの仕様統一には、次のようなメリットがあります。

(1)診療報酬の電子請求が容易になる

(2)歯科カルテの記述が不十分であることの改善策となる

(3)歯科カルテは自費診療と保険診療の診療録が分かれているが、その統一が図られ、診療報酬の二重請求や診療経過の不明確性が改善される

(4)インプラントやパーセレン冠等の高額自費診療の際の患者への説明、患者の同意が、歯科カルテ上に明確に記載される可能性がある」

つまり、災害時ではなく、日常的な診療の場面を考えても、歯科カルテの電子化や標準化は推進する意義があるというのだ。

「歯科カルテの電子化や仕様統一は、災害時の遺体の身元特定という例外的な事項から論じるのではなく、歯科医療を患者にとってより分かりやすいものとすることができるか、社会全体のコストを抑えることができるか等の観点から、推進の是非を論じていくべき問題と考えます」

最近は、歯科診療の場面でも、電子カルテは当たり前の光景になりつつある。社会全体のIT化の流れからすれば当然といえるが、デジタルデータは流出したら簡単に拡散してしまうというリスクもあるので、個人情報保護に細心の注意をはらいながら、有効活用をしていってもらいたい。

(弁護士ドットコムニュース)

新着記事
一般的なニュースのサムネイル

同性婚訴訟、東京高裁が「合憲」判断 全国で唯一判断割れる結果に…弁護団「きわめて不当な判決だ」

性的マイノリティの当事者が、同性同士が結婚できないのは憲法に反するとして、国を訴えた裁判(東京2次訴訟)の控訴審で、東京高裁(東亜由美裁判長)は11月28日、現行法の規定を「合憲」と判断した。

一般的なニュースのサムネイル

最高裁で史上初の「ウェブ弁論」、利用したのは沖縄の弁護士「不利益にならない運用を」

裁判の口頭弁論をオンラインで実施する「ウェブ弁論」が今月、初めて最高裁でおこなわれた。

一般的なニュースのサムネイル

夫の「SM嗜好」に苦しむ妻、望まぬ行為は犯罪になる?離婚が認められる条件は?

パートナーの理解を超えた「性的嗜好」は、離婚の正当な理由になるのでしょうか。弁護士ドットコムには、そんな切実な相談が寄せられています。

一般的なニュースのサムネイル

国分太一さん「答え合わせしたい」日テレの拒否は「適正手続」の観点から問題?

コンプライアンスの問題を理由に番組を降板し、活動を休止していた元TOKIOの国分太一さんが、11月26日に東京霞が関で記者会見を開きました。

一般的なニュースのサムネイル

国分太一さん「録音の削除求められた」消さないと違法だったの?弁護士が解説

解散したアイドルグループ「TOKIO」の国分太一さんが11月26日、東京都内で記者会見を開き、日本テレビ側から番組降板を告げられた際、会話を録音しようとしたところ、同席した弁護士からデータの削除を求められたと明らかにした。一般論として、法的に録音の削除に応じないといけないのだろうか。

一般的なニュースのサムネイル

「サケ漁はアイヌ文化の主要な部分」日弁連、アイヌ施策推進法の改正求める意見書

日本弁護士連合会(日弁連)は11月20日、「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律」(アイヌ施策推進法)の5年見直しに際し、アイヌ集団の権利保障やサケ漁の権利の法整備などを求める意見書を公表した。同法附則第9条の見直し規定に基づき、文部科学大臣や農林水産大臣など関係機関に提出した。

もっと見る