「夢を持たせられる存在になりたい」。そう語るのは、公立小学校の教員を志す大学4年生の高橋颯真さん(仮名)。教育実習で、子どもと真剣に向き合う教員の姿に憧れた一方、過酷な働き方の現実を目の当たりにし、不安を隠せない。
6月に成立した改正給特法では、教職調整額の引き上げが盛り込まれたが、高橋さんはこれを「的外れ」と断じる。「目の前の子どもたちのために情熱を注ぎたい」。そんな思いと、現実のギャップに揺れる胸のうちを明かしてくれた。(弁護士ドットコムニュース・玉村勇樹)
●現場を見て「不安が増した」
西日本の大学で教員養成系の学部に通う高橋さん。教職を目指すきっかけになったのは、高校時代に部活の顧問だった教員が、人生の悩みに真剣に向き合ってくれたことだった。
「その先生がいてくれたことで道が開けた。自分も、誰かに夢を見せる存在になりたいと思ったんです」
志望するのは公立小学校の教員。「小学校は人格形成においてとても大切な時期。どんな大人と出会うかが将来を左右する。そんな時期に関われるのは大きなやりがいを感じる」と話す。
教育実習では、子どものために懸命に働く教員の姿に触れ、期待はさらに膨らんだ。
「教育現場には計り知れない魅力がある」
しかし、それ以上に増したのが不安だった。
自分が帰る時間になっても、業務に追われる教員の姿。「年に3回くらい、死にそうなほど忙しい時期がある」とも聞いた。
「目の前の子どもと向き合いたくても、その時間すら取れない。これがリアルなんだ(と痛感しました)」
●給特法改正、教員確保のためなら「的外れ」
教員の働き方をめぐっては、6月11日に改正給特法が成立。
残業代の代わりに支給される「教職調整額」を、現行の月給4%から2026年以降は毎年1%ずつ引き上げ、2031年までに10%にする方針が盛り込まれた。また付則には、業務時間の月平均を30時間程度にする目標も記された。
しかし、高橋さんはこの改正について「教員不足がこの施策で解消されると考えているなら、まったくの的外れ」と厳しく批判する。
「(これは)働き方に対する改善ではなく、『給料が増えるんだからいいでしょう?』という印象を受けた。率直にちょっと怖いと感じました」
高橋さんが必要だと考えるのは、教員の業務を「本来教員が担うべきこと」と「そうでないこと」に切り分ける体制だ。
「教員免許がなくてもできる事務作業やプール清掃などを、多くの教員が担っています。そうした業務は外部に委託し、教材研究など子どもと向き合うための時間を確保すべきです。そうしないと情熱のある人ほど私立学校に流れてしまうと思います」
●それでも公立教員を目指す理由
給特法の適用対象はあくまでも公立教員。私立学校の教員は労働基準法の適用を受けるため、法律上は時間外労働に対して残業代を請求できる。その意味では、私立のほうが労働環境は整っているように見える。
文科省が実施した2022年度教員勤務実態調査では、国の指針を超える45時間以上の時間外労働をしている教員は小学校で64.5%、中学校で77.1%に上った。それでも高橋さんは「公立校で教員になることに意味がある」と強調する。
「どんな家庭環境の子どもたちでも夢を持てるようにするのが、僕のやりたい教育です。公立校は全国一律の学習指導要領に基づいて、北海道から沖縄まで全国すべての子どもに対して一定水準の教育を提供できる体制があります。これが崩れてしまえば、私立に通える家庭の子どもしか学びや経験の機会を得られない未来が待っていると思います」
●高橋さんのような学生が「潰れてしまう」現実
岐阜県の公立高校で教鞭をとりながら、教員の働き方改革に取り組む西村祐二さんは、高橋さんについて「本当に頭がさがる」と敬意を示す。一方でその将来への懸念も語る。
「高橋さんのような素敵な学生が学校に入って5年、10年後に潰れてしまわないだろうか。魅力があるけどすすめられないその最大の理由は長時間労働です」
西村さんが名古屋大学の内田良教授らと2021年におこなった調査では、「教職に魅力がある」と答えた教員は86.6%に上った。だが、「自分の学校の子どもにすすめたい」と答えたのはわずか40.0%にとどまった。
佐賀県や宮崎県では、2025年度の小学校教員採用試験で「定員割れ」が発生。教員不足は、すでに深刻な段階に突入している。
国は今回の給特法改正で、教員の給料に「イロ」をつけたことで改革を終えたと考えているのだろうか。教員の長時間労働を本気で削減する具体策が実行されない限り、教育現場の崩壊は避けられないだろう。