「ルフィ」などと名乗る指示役のグループの特殊詐欺事件で、フィリピンのホテルから警察官を装った電話をかけて、高齢者から現金4400万円をだましとった罪などに問われた被告人の女性に対して、東京地裁(鈴木悠裁判官)は懲役4年6カ月の実刑判決を下した。
きっかけは、ツイッター(現X)で「恋愛のポエムをたくさん載せている」アカウントにフォローされたことだ。そのアカウントのプロフィールには「お仕事を紹介します」と書かれていた。
その当時、仕事をしていなかった女性は、在宅ワークを紹介してもらおうと考えて、そのアカウントとやりとりするようになった。相手は「ササモリ」と名乗ったという。
地元長野からフィリピンに渡って犯罪に手を染めた女性。一部報道で「美人」とされた。この日の法廷では、黒の上下スーツを着用し、黒い縁のメガネと白いマスクをして顔を隠していた。判決を聞くと項垂れた様子だった。(ライター・渋井哲也)
●フィリピンのホテルから警察官を装った電話をかけた
起訴状などによると、女性は2019年、特殊詐欺グループの拠点があったフィリピンのホテルから、警察官を装った電話をかけて、日本国内の高齢者から現金をだまし取ったとして、詐欺などの罪に問われた。
このホテルでは、特殊詐欺グループが「ポケットチーム」と「シークレットチーム」と呼ばれるチームに分かれて、通信アプリ「テレグラム」でやりとりし、情報共有していたという。
鈴木裁判官は、女性がホテルから(1)警察官を装って電話をしたこと、(2)現金を受け取って別の封筒を用意し返した、(3)キャッシュカードを受け取り、ATMから現金を引き出したこと──を認定した。
そのうえで、女性自身が「かけ子」として関与していない部分についても認識していたとして「共謀共同正犯」とした。つまり、一連の事件の全体像を把握したうえで、その役割を認識していたとされたのだ。
●かけ子の前は「受け子」の仕事を紹介されていた
女性はフィリピンに渡航する前、一度、「ササモリ」に紹介された仕事をこなした。それは特殊詐欺の「受け子」だった。このときから「カスガイ」と名乗るようになったという。
判決前の公判で次のように話している。
検察官:令和元年(2019年)10月、ツイッターで知り合った「ササモリ」さんから紹介された仕事を日本でした?
女性:「受け子」の仕事です。家を見に行って、封筒を預かって、中身のキャッシュカードを確認する。そして、お金を下ろす。それを別の「回収役」に渡しました。
この段階では、犯罪の仕事をしようと思っていなかったといい、「危なくない仕事」の紹介を「ササモリ」に依頼した。それがフィリピンでの仕事だったという。
女性は「危なくない仕事をしたいと言って、(フィリピンでの仕事が)出てきた話でしたので、そのリゾートでのバイトは危なくないと勝手に思ってしまいました」と犯罪の認識について否認した。
しかし、鈴木裁判官は「フィリピンに到着した翌日には高齢者を狙った組織的な犯罪に関与すると認識していた」と指摘し、被告の主張を退けた。また「大使館や家族に助けを求めることもできた」などと指摘した。
●かけ子は「1線」、受け子は「2線」
これまでの公判で、フィリピンに渡った2019年11月以降の仕事を把握していたことがわかっていた。
弁護人:かけ子の仕事と、具体的指示があった?
女性:はい。
弁護人:マニュアルはどんなものが?
女性:どういうことをしゃべるのか、フレーズが書いてあった。自分は警察官の役で、相手が電話に出たら「銀行のカードが不正利用されていて、犯罪に使用されているかもしれない。調べている」などと話しました。
弁護人:それは「1線」という仕事?
女性:はい。
弁護人:どこからどこまでが「1線」の仕事?
女性:事件の説明とカードを持っているかの確認。家に何人いるのかの確認です。
偽の警察官を装って高齢者宅に電話をする「1線」という役割で、マニュアルに書かれていた。ちなみに、フィリピンに渡航する前にした仕事の「受け子」は「2線」という位置付けになる。
「1線」の複数の「かけ子」が、リストにある特定の地域の複数の高齢者に電話をする。高齢者からキャッシュカードや現金を受け取る約束を取り付けると、他の「かけ子」は電話するのをやめる。犯行が発覚するのを恐れたためだ。
そのため、個別の事件で女性が関わっていない部分があったとしても、一体として評価して多額の現金を詐取することが可能になったと判断された。
弁護側は「相互の関係は希薄だった。具体的にどう通じていたのかは抽象的すぎる」「安易にフィリピンへいくことが軽率だった」「なし崩し的に、受動的に犯罪に関与した」と主張したが、認められなかった。
●裁判官「犯行を遂行するうえで必要不可欠な存在」
弁護人:誰が教えてくれた?
女性:「ササモリ」さんの隣の女性。レクチャーというものはない。マニュアルを読み上げていた。
弁護人:(かけ子先の)リストは渡される?
女性:はい。
弁護人:何時から何時までかける?
女性:8時から17時まで。
弁護人:初めて成功したのは?
女性:1週間経ってから。
一連の犯行で報酬を得られるとも供述していた。つまり、詐欺行為の全体像を把握していたということだ。そのことは組織犯罪の一員であることを認識したことになり、共謀共同正犯を裏付ける理由になった。
検察官:報酬は?
女性:引き出したお金の4%。
検察官:どう受け取る?
女性:週のどこかで現金で受け取る。必要ない人は受け取らず、(組織に)管理してもらっていた。
検察官:案件を成功させているが、報酬はどうしたのか?
女性:受け取っていません。貯めていました。生活費は(支給された)週経費でまかなっていた。
検察官:報酬の仕組みはどうやって知った?
女性:新しいことがあるたびに誰かに説明を受けた。
量刑の理由は、高齢者を狙ったものであること、被害金額が多額であること、被害弁償されていないこと、犯行を遂行するうえで必要不可欠な存在だったことに、前科がないことや更生計画が示されたことが考慮された。
女性は最終弁論で「これまでしてしまったことは反省しています。今後は、まっとうな生活を送れるようにしていきたい」と話していた。