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「ゴーン事件」で株価下落、投資家が345億円もとめ怒りの提訴…裁判のポイントは?
2021年06月07日 10時00分

日産自動車のカルロス・ゴーン元会長が有価証券報告書に役員報酬を虚偽記載したとされる事件をめぐり、海外の約90の機関投資家が、株価下落で損失を被ったとして、日産に対して、計約345億円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴していたと報じられた。

朝日新聞デジタルなどによると、原告は米国や英国、ドイツなどの機関投資家で、2011年6月以降、日産の株式を取引していたが、ゴーン元会長と元代表取締役グレッグ・ケリー氏が逮捕された18年11月以降、株価が大幅に下落し損失を被ったと主張しているという。5月26日に第1回口頭弁論があった。

ゴーン元会長は、役員報酬計約91億円を退任後払いにするなどして有価証券報告書に記載しなかったとして、金融商品取引法違反の罪で逮捕・起訴されたが、保釈中に国外へ逃亡。公判手続きが進まない状態となっている。

虚偽記載の刑事事件の決着がまだという状況だが、今回のような機関投資家の損害賠償請求が認められる可能性はあるのだろうか。ファイナンスMBAを取得し金融商品取引法にも詳しい澤井康生弁護士に聞いた。

日産自動車のカルロス・ゴーン元会長が有価証券報告書に役員報酬を虚偽記載したとされる事件をめぐり、海外の約90の機関投資家が、株価下落で損失を被ったとして、日産に対して、計約345億円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴していたと報じられた。

朝日新聞デジタルなどによると、原告は米国や英国、ドイツなどの機関投資家で、2011年6月以降、日産の株式を取引していたが、ゴーン元会長と元代表取締役グレッグ・ケリー氏が逮捕された18年11月以降、株価が大幅に下落し損失を被ったと主張しているという。5月26日に第1回口頭弁論があった。

ゴーン元会長は、役員報酬計約91億円を退任後払いにするなどして有価証券報告書に記載しなかったとして、金融商品取引法違反の罪で逮捕・起訴されたが、保釈中に国外へ逃亡。公判手続きが進まない状態となっている。

虚偽記載の刑事事件の決着がまだという状況だが、今回のような機関投資家の損害賠償請求が認められる可能性はあるのだろうか。ファイナンスMBAを取得し金融商品取引法にも詳しい澤井康生弁護士に聞いた。

●過去には「ライブドア事件」「オリンパス事件」でも

——今回の提訴における損害賠償請求はどのようなものなのでしょうか。

今回の事件は、有価証券報告書に虚偽記載がなされたことにより株価が下落した損害を請求するものなので、「虚偽記載等のある書類の提出者の賠償責任」に基づく請求(金融商品取引法21条の2)ということになります。

この規定は、その会社に投資するかどうかの判断資料となる有価証券報告書中の「重要事項」に虚偽の記載がなされた結果、株価の下落で投資家が損失を被った場合、一定の要件を満たした投資家はその会社に対して株価の下落による損害を賠償請求できるというものです。

——過去にも同様の損害賠償請求がなされた例はあるのでしょうか。

「ライブドア事件」や「オリンパス事件」が有名です。

両事件では、粉飾決算や損失隠しなどの財務状態を偽る虚偽記載だったので、有価証券報告書中の「重要事項」の虚偽記載といえ、損害賠償請求が認められました。

これに対して、今回のケースは、粉飾決算や損失隠しといったものではなく役員報酬を少なく見せかけるという虚偽記載だったので、「重要事項」に該当するかどうかが大きな争点になると思われます。

●報道などの影響による株価下落も「損害」に含まれる

——請求する損害の範囲はどうなるのでしょうか。

虚偽事実が公表される1年前からその会社の株式を保有していた投資家は、原則として、公表日前後の各1カ月間の市場平均価格の差額を損害とすることができます(金融商品取引法21条の2第3項)。

たとえば、公表前1カ月の市場平均株価が「1000円」、公表後1カ月の市場平均株価が「800円」のケースだとすると、その差額である「200円」が損害として推定されます。

なお、投資家が虚偽事実公表1年前から株式を保有していなかった場合は、上記の推定規定が適用されませんので、虚偽記載により個別の損害が生じたことを投資家側で証明する必要があります。

損害額の推定に対して、会社側は下落分が虚偽記載とは関係ないと反論でき、それが証明できた場合には損害額が減額されます(金融商品取引法21条の2第5項)。たとえば、経済情勢や市場動向、その会社の業績など、虚偽記載とは関係のない市場価格の下落分であると証明できた場合です。

——報道などの影響で株価が急落してしまう場合もあります。このような株価下落も「損害」になるのでしょうか。

何らかのニュースや相場環境により、株価が急激に下落した際に心理的に混乱を生じてパニックとなり、投資家が保有する株式を大慌てで売却してしまう現象を「ろうばい売り」といいます。

最高裁平成23年9月13日判決では以下の判断が示され、「ろうばい売り」による下落分も損害賠償請求できるとしています。

「虚偽記載が公表された後の市場価格の変動のうち、ろうばい売りが集中することによる過剰な下落は、有価証券報告書に虚偽の記載がされ、それが判明することによって通常生ずることが予想される事態であって、虚偽記載と相当因果関係のない損害として控除することはできない」

また、「逮捕などの過熱報道」による下落についても、最高裁平成24年3月13日判決は「虚偽記載によって生ずべき値下がりとは、虚偽記載と相当因果関係のある値下がりの全てをいうものと解するのが相当である」とした上で、代表者の逮捕などの強制捜査が行われ、過熱報道などの事情は虚偽記載の発覚によって通常起こりえる事態であるとして、それによる株価下落分も損害賠償請求できると判断しています。

●役員報酬の虚偽記載が「重要事項」といえるかどうか

——今回提訴された裁判の展望はどうでしょうか。

今まで株価下落による損害賠償請求が認められた「ライブドア事件」や「オリンパス事件」の場合は、粉飾決算や損失隠しなどの財務状態に関する虚偽記載だったので、有価証券報告書中の「重要事項」に該当することは明らかでした。

これに対し、今回の虚偽記載は役員報酬を少なく見せかけるというものなので、「重要事項」に該当するかどうか、先例もないことからただちに判断できません。

投資家の方は、株取引を行うときに有価証券報告書をご覧になると思いますが、業績や財務状況は見ても、取締役の報酬まで細かくは見ないと思います。このように考えると、取締役の報酬に関する虚偽記載は、投資家の投資判断に影響を与えないのだから「重要事項」ではないと言うこともできます。

これに対し、取締役の報酬が極めて巨額であった場合、「そのような会社はガバナンスが効いていないので、そんな会社の株式なんか買わないよ」と判断する投資家もいるかもしれません。そうすると、取締役の報酬に関する虚偽記載が投資家の投資判断に影響を与えるため「重要事項」にあたると言うこともできます。

今後、裁判所が「重要事項」に該当するか否かについてどのような判断をするのかにかかっていると思います。「重要事項」該当性をクリアできれば、損害額の部分は推定規定で助けてもらえますので、損害賠償請求が認められる可能性も出てくると思われます。

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