SNSのアカウントが売買され、その一部が薬物取引や闇バイトの勧誘などに悪用されているケースが後を絶たない。現在、日本にはアカウントの売買自体を直接禁じる法律がなく、規制の空白が犯罪グループにとって「使いやすい」環境を生んでいるのが実情だ。
この問題に気づき、署名活動を始めたのが、関東在住の40代男性、ローズさん(仮名)。SNS上の不審な投稿を日常的に通報する「サイバー防犯ボランティア」として活動する中で、アカウント売買と犯罪の結びつきに危機感を抱くようになったという。(弁護士ドットコムニュース・玉村勇樹)
⚫︎防犯活動で見えた「異変」
ローズさんがサイバーパトロールに参加するようになったのは、2022年2月。インターネット犯罪の増加を背景に、長男の将来を思い「何かできることはないか」と警察のモニター募集に応募したのがきっかけだった。
当初は、闇バイトや危険情報の通報が中心だったが、活動を続けるうちに「突然投稿パターンが変わる」アカウントの存在に気づくようになる。売買されたアカウントが犯罪行為の「入り口」として利用されている実態を問題視するようになった。
「ごく普通の投稿をしていたアカウントが、ある日突然、日本語で『手押しで届けます』『野菜入荷しました』などと書き始める。プロフィールやフォロー関係までまったく別人のように変わっていることが多い」とローズさんは語る。
これらの投稿には共通した特徴がある。「手押し」は対面での受け渡し、「野菜」は大麻を意味する隠語としてSNS上で使われており、薬物取引を示唆する内容とみられる。販売エリアとして地名が記載される例も多い。
「投稿のタイミングや文言、画像のパターンには一定の傾向があり、意図的に"仕込まれた"印象を受けます」と指摘する。
売買されたと思われるアカウント。売買前(左)と後(右)で投稿の内容が大きく異なる
⚫︎アカウント売買に法的規制なし 対策は後手
銀行口座の売買は法律で禁止されている一方、SNSアカウントの売買を直接規制する法律は存在しない。
適用される可能性がある法律としては、不正アクセス禁止法などがあるが、これはアカウントを「悪用した後」の行為に対して適用されるもので、売買そのものを未然に防ぐことはできない。
「現行法の多くは、被害が出た後にしか動けない仕組みです。薬物取引や詐欺の"結果"としてアカウントを調べることはできますが、"売った買った"という行為自体は、法の網から漏れている。それが最大の問題だと感じています」とローズさんは話す。
さらに、SNS各社の利用規約ではアカウントの譲渡・売買は原則禁止しているが、違反してもアカウントの凍結にとどまり、刑事罰や民事上の強制力は伴わない。このため、アカウント売買を仲介する国内外のサイトが事実上「合法的」に運営されている現状がある。
「信頼を基に運用されるアカウントだからこそ、銀行口座と同じように明確な法規制が必要だと思います」
⚫︎犯罪の「入口」となる売買アカウント
警察庁が5月に公表した2024年度の統計によると、特殊詐欺の実行役として摘発された2191人のうち、43.3%(949人)がSNSで勧誘されていた。さらに、31.0%(680人)は「知人等の紹介」による関与という。
ローズさんは、この「紹介」にもSNSが深く関与していると分析する。
「『紹介』といっても、実際にはSNS上の投稿をスクショで共有したり、DMで受け取った情報を転送するケースが多い。表向きは『紹介』でも、元をたどれば、SNSが発端ということが非常に多いです」
SNS上の売買アカウント約1万1500件を分析した結果、3割以上が詐欺行為に利用されたアカウントだったとしているドイツの調査論文もある。
「追跡できたケースだけでもこれだけ悪用されていた。実際にはさらに多いと考えています」とローズさんは語る。
⚫︎有益だからこそ必要な法整備を
ローズさんは2024年11月にオンライン署名サイトでアカウント売買の規制を求める活動を開始。2025年7月3日時点で、約2万2000人の賛同を集めている。
SNSそのものに否定的なわけではない。ローズさん自身、妻と出会ったきっかけもインターネット上の交流だったという。
「SNSは本来、人とつながり、情報を共有するための有益なツールです。だからこそ、その信頼を損なうような構造には、きちんと歯止めをかける仕組みが必要だと思います」
各SNSによる凍結措置だけでは対応が追いつかない現状がある。犯罪の「入口」として機能するアカウント売買に対して、法制度の側から本格的な対策が求められている。