子どもたちの成長に欠かせない学校給食。しかし、近年の物価高騰の影響で、SNSでは「寂しい給食」が話題になることも少なくない。
そんな中で「日本一おいしい給食」を掲げ、20年近く質を守り続けているのが、東京都足立区だ。
レシピ本の出版や大手コンビニとのコラボ商品販売など、給食にとどまらない取り組みは、かつて「治安の悪いまち」という区のイメージを変える一助にもなっている。(弁護士ドットコムニュース・玉村勇樹)
●きっかけは1割を超える「食べ残し」
足立区が「日本一おいしい給食」を掲げたのは、近藤やよい区長が就任した2007年。当時、区の平均残菜率は11.5%と、東京都のごみ問題の一因にもなっていた。
松本令子・おいしい給食担当課長は「区内で転校した子どもが転校先で給食を食べないなど、同じ公立校なのに味に違いがあった。どの学校でもおいしくバランスの取れた給食を提供しようと始まった」と振り返る。
2008年には「おいしい給食担当課」を設置し、全小学校に栄養士を配置。残菜率の測定方法も統一し、データの正確性も高めた。
当初は比較されることへの反発もあったが、松本課長は「次第に栄養士の意識も変わり、前向きに取り組んでくれるようになった」と語る。
●天然だしが決め手の手作り献立
千住桜堤中学校の給食の一例。プリンももちろん手作りだ。
足立区の給食はすべて手作り。その最大の特徴が「天然だし」の使用だ。かつお節や昆布、鶏ガラなどを用い、和洋中すべての料理にだしを取る。
「薄味のだしの味を知ることで、塩分控えめでもおいしく感じてもらえる。また、生産者への感謝の気持ちを育んでもらいたいという思いで取り組んでいる」と松本課長は話す。
献立は、各校の栄養士が考案。旬の食材や行事にちなんだ工夫も多い。
千寿桜堤中学校の給食の様子を見せてもらった。
この日のメニューは、イカやエビの入ったシーフードカレー。甲殻類アレルギーの子どもも満足できるよう鶏肉も入った具だくさんの一品だ。これにトマトサラダ、手作りのマンゴープリン、牛乳が並ぶ。生徒からは「おいしい」の声が上がり、笑顔がこぼれていた。
同校の栄養士、稲葉央葉さんは「月の半分は献立のことを考えている。自由度が高いからこそ、栄養の基準はきっちりと守らなければならない」と強調する。
●栄養士の連携と予算確保
月に一度の検討会では、各校の栄養士が集まり、成功例や失敗例を共有し、塩分基準をクリアする工夫などを議論する。
経験の浅い栄養士には、ベテランが巡回して助言し、学校間の質のばらつきを防ぐ取り組みもしている。
2023年度から給食を無償化した足立区だが、物価高は予算を直撃している。今年度の食材費に約28億円を計上し、昨年度より3億円増加した。1食あたり415円(前年度より50円増)を確保した。
稲葉さんは「牛乳1本分くらい増えていたので、最初は間違いかと思った。作りたい献立を作れるので感謝している」と喜びを語る。地元業者も協力し、新鮮な食材を安く提供している。
こうした取り組みにより、区の平均残菜率は2023年度に3.5%となり、「日本一おいしい給食」を掲げる以前と比べて大幅に減少した。
●「おいしい給食」が区のイメージアップに
足立区は「治安・学力・健康・貧困」といった課題を抱える。生活保護受給率は、東京23区で最も高い水準である33.9%(東京都福祉局『令和5年度福祉統計年報』)。
松本課長は「子どもにとって学校給食は、食べたことのないものを口にしたり、食事のマナーを学んだりする機会にもなっている」と話す。
取り組みは、区全体のイメージアップにも貢献している。区の世論調査では「足立区を人に勧めたいか」という質問に「はい」と答えた割合は2010年の29.1%から、2023年には44.4%へと大幅に上昇した。
給食の人気は区外にも広がっている。2011年発売のレシピ本は7万部を売り上げ、昨年12月には第2弾が発売された。
2022年からはセブンイレブンとコラボ商品を展開。看板メニュー「えびクリームライス」は約1200店舗で販売された。
シティプロモーション課の栗木希課長は「足立区といえば給食、と話題に上ることも多く、漠然と持たれていたマイナスイメージが、ポジティブな事実で上書きされていると感じる」と話す。
今後は「おいしい給食」を軸に「真に子育てしやすいまち」を掲げ、さらなるイメージ向上を目指す方針だ。
学校給食法には「学校生活を豊かにし…」と記されている。足立区の給食は、子どもたちの胃袋を満たすだけでなく、地域の未来を育む確かな力となっている。