賃貸マンションの管理人がマスターキーを使って入居者宅に侵入し、女性用の下着を物色して逮捕される──。そんな信じがたい事件が2024年6月、鹿児島市内で起きた。
被害に遭った女性は警察の助言を受けて転居したが、マンション管理会社からは謝罪や補償はなく、事件は約100世帯の入居者に一切知らされなかった。(屋久島ポスト・武田剛)
●「普段見られない奥さんの下着を見てとてもうれしい気持ちに」
管理人はマンションの全室に入れるマスターキーを常に腰からぶら下げていた。
そして、好意を抱くようになった女性が留守の間に部屋に侵入し、押し入れで複数の下着を物色した。
逮捕後、鹿児島県警の取り調べにこう供述したという。
「普段、見ることができない奥さんの下着を見て、とてもうれしい気持ちになった」 「奥さんが履いていたということを想像しながら興奮した」
管理人は事件後に依願退職。2024年8月、住居侵入の罪で懲役1年、執行猶予3年の判決を受けた。
しかし、マンションを管理する不動産会社(本社・宮崎県小林市)は、事件について「何もわからない」と主張し、女性に謝罪しなかった。
女性の知人が「全入居者に事件の報告をする責任があるのではないか」と電話で問いただしても、会社の幹部は「(管理人の)個人情報を守る必要があるので、知らせることはできない」と拒んだという。
マンションの部屋で現場検証をする鹿児島県警の捜査員。扉が開いている押入れの中で女性の下着が物色された(2024年6月1日、被害者撮影)
●管理人のスマホには「他の部屋で撮影」された写真も
事件について入居者に知らせず、再発防止策も講じない──。
不動産会社から突き放された女性は、「また同じような事件が起きるかもしれない」と危機感を強めた。
警察の参考人聴取で、管理人のスマートフォンに多数の下着写真が保存されていたと知らされたのだ。
しかも、写真データの位置情報から、それらは同じマンションの複数の部屋で撮影されたこともわかっていたが、警察と検察は立件を見送っていた。
警察の実況見分で使われた被害者宅の間取り図(被害者に開示された事件記録より。一部でモザイク加工をしています)
●事件を報じないメディアにも疑問を感じた
女性はマスコミにも疑問を感じた。
「全室に入れるマスターキーで侵入した管理人が逮捕されたのに、どうしてまったく報道されないのか?」
鹿児島県警はマスコミ各社が所属する記者クラブで報道発表をしていたが、発表文には容疑者がマンションの管理人であることや、マスターキーを悪用していたことが書かれていなかったため、各社は「軽微な事件」だと判断したのか報道しなかった。
女性は知人を介して地元テレビ局の関係者に「なんとか取材してほしい」と頼んでみたという。
だが、いくら待っても反応はなく、女性は「完全に無視された」と落胆したという。
「住居侵入及び窃盗未遂事件」として発表した鹿児島県警のウェブサイト(2024年6月2日、被害者撮影)
●弁護士に相談するも後ろ向きな姿勢に落胆
最後の頼みの綱は弁護士だけだった。
鹿児島市内の弁護士事務所を訪ねた女性は、再発防止のために提訴したいとうったえたが、対応した男性弁護士は「慰謝料は30万円ほどで、提訴してもトントンか赤字です」「裁判では、盗まれた物やお金を返してもらうことしか主張できません」などと消極的だった。
女性弁護士であれば自分の気持ちを理解してくれるのではないか。そう期待した女性は、鹿児島市が運営する公共施設で紹介された女性弁護士に相談してみたが、やはり後ろ向きな姿勢は変わらなかった。
「女性の弁護士だったら、もっと寄り添っていただけると思っていたのですが……」
もどかしさを感じて、そう漏らしてみたが、返ってきたのは「女性も男性も関係ありません」という言葉だった。
「女性の下着を好きに触っても、盗まなければ罪にならないのはおかしい」とうったえても、「法律とはそういうものです」と突き放された。
玄関近くで指紋を採取する鹿児島県警の捜査員(2024年6月1日、被害者撮影)
●事件の記録を取り寄せ本人訴訟を提起
それでも女性は諦めなかった。夫と話し合い、弁護士の力を借りずに本人訴訟を決意した。
幸いにも法律関係の仕事をする友人の支援を得て、訴訟の起こし方を一から教わることができた。
まずは鹿児島地検から事件と裁判の記録を取り寄せ、元管理人の供述調書や起訴状などをもとに、友人が用意したひな形に沿って訴状を作成。
引っ越しによって発生した出費や慰謝料を含め、約250万円の損害賠償額を求めて、2025年1月に鹿児島地裁へ提訴した。
玄関近くで指紋を採取する鹿児島県警の捜査員(2024年6月1日、被害者撮影)
●女性の訴えに不動産会社が対応を一転
さらに提訴後、女性は自ら全国の類似事件を調べた。2016年に歌手で俳優の福山雅治さん宅に管理人が合鍵を使って侵入した事件をはじめとして、賃貸物件のマスターキーや合鍵を悪用した事件が全国で起きていたことを知る。
過去の事件を調べ上げた女性は、裁判所に提出する準備書面で「このままマスターキー管理の問題を放置し続ければ、再び同じような事件が起きる可能性がある」と指摘した。
さらに、再発防止策を講じていない不動産会社を批判したうえで、提訴した意義は「同様の事件が二度と起きないようにするため」であるとうったえた。
提訴から2カ月後の3月5日、地元テレビ1社と市民メディアが第1回口頭弁論を報じると、それまで沈黙してきた不動産会社は対応を一転させた。
マンションを管理する不動産会社が入居者に配布した文書(被害者提供。マンション名にモザイク加工をしています)
3月12日、全入居者に「元管理人の住居侵入についてのお詫び」と題する文書を配布し、事件発生から9カ月が過ぎて初めて謝罪。マスターキーを本社で管理する体制に見直すなどして、「このようなことが二度と起こらないよう(中略)再発防止策を講じております」と報告した。
●被害女性「不動産業界が管理体制を強化することを願う」
弁護士なしの裁判に女性は緊張していたが、裁判官が想像以上に理解を示してくれていると感じた。
そして、第2回口頭弁論では、裁判所から提示された和解案に救われた。
前に相談した弁護士の見立てに反して、引っ越しに伴う損害金50万円と慰謝料100万円の計150万円を解決金として、不動産会社と元管理人が連帯して賠償する案が示されたのだ。
この和解案に対し、不動産会社は全面的に受け入れる意思を示した。一方、元管理人は賠償額が高いことなどを理由に争う姿勢をみせている。

女性は和解案を受け入れるかどうか検討中だ。
「弁護士に見放されて失望しましたが、二度と同じ事件を起こしてはいけないという信念で提訴して良かったです。この訴訟によって、不動産業界が賃貸物件の管理体制を強化することを願っています」(女性)