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「ムスリム対応の給食を提供」誤情報で自治体に1000件超の抗議、拡散者の法的責任は?
2025年09月26日 10時52分

「北九州市がムスリム対応の給食実施を決定した」といった情報がSNSで拡散され、その情報を信じた市民などから市に抗議の電話やメールが殺到しています。市は24日に記者会見を開き、ムスリムに対応した給食を決定した事実はないと否定しました。

拡散された情報は、アフガニスタン出身のムスリム女性が、豚肉などを除いた給食の提供を求める陳情を市議会に提出し、これが可決されてムスリム対応の給食が始まったという内容でした。

実際には、この陳情は2023年6月に受理されたものの継続審議となり、2025年2月の市議会改選により廃案となっていました。

一方、市は同月にアレルギー対応として28品目(豚肉含む)を除いた「にこにこ給食」を一度だけ実施しており、結果的にムスリムにも対応した給食となったことから、これが曲解されて誤情報として広まったとみられます。

投稿した人、それをリポストやいいねなどで拡散させた人、投稿を見て市に電話やメールをした人、それぞれ、投稿の内容を本当だと思い、こうした行動に出た可能性があると思われます。

市によると、抗議の電話やメールは1000件以上にのぼり通常業務にも支障をきたす事態となったとのことですが、これらの行為は法的に問題となるのでしょうか。

「北九州市がムスリム対応の給食実施を決定した」といった情報がSNSで拡散され、その情報を信じた市民などから市に抗議の電話やメールが殺到しています。市は24日に記者会見を開き、ムスリムに対応した給食を決定した事実はないと否定しました。

拡散された情報は、アフガニスタン出身のムスリム女性が、豚肉などを除いた給食の提供を求める陳情を市議会に提出し、これが可決されてムスリム対応の給食が始まったという内容でした。

実際には、この陳情は2023年6月に受理されたものの継続審議となり、2025年2月の市議会改選により廃案となっていました。

一方、市は同月にアレルギー対応として28品目(豚肉含む)を除いた「にこにこ給食」を一度だけ実施しており、結果的にムスリムにも対応した給食となったことから、これが曲解されて誤情報として広まったとみられます。

投稿した人、それをリポストやいいねなどで拡散させた人、投稿を見て市に電話やメールをした人、それぞれ、投稿の内容を本当だと思い、こうした行動に出た可能性があると思われます。

市によると、抗議の電話やメールは1000件以上にのぼり通常業務にも支障をきたす事態となったとのことですが、これらの行為は法的に問題となるのでしょうか。

●投稿者・拡散者の法的責任

投稿者や拡散者が「虚偽の情報を広める」という認識がなかった場合、偽計業務妨害罪(刑法233条)の成立は難しいと考えられます。

同罪は、1)「虚偽の風説を流布」し、または2)「偽計」を用いて、人の業務を妨害した者に適用されます。

まず、1)「虚偽の風説を流布」からみると、虚偽であることを認識していることが前提となるため、真実だと思って投稿、拡散した場合には適用されません。

また、2)「偽計」についてですが、「裁判例における「偽計」概念とは、人の不知や錯誤を利用する行為のほか、非公然と業務活動を妨害する行為全般を含む概念となっているのである。換言すれば、気が付かないうちにこっそり加害することが「偽計」に当たると考えられていることになる。」(LEGAL QUEST 刑法各論〔第2版〕/2013年4月/有斐閣、p120)といった解説もあり、必ずしも虚偽の情報であることの認識までは要求されていないと考えられます。

しかし、市の活動について知り得た情報を真実だと思い、その不当性を主張するためにSNSで拡散する行為は、正当な表現活動の域を出ないものと思われます。 また、情報を拡散する際に、市の業務を阻害することの認識があるわけでもないでしょうから、通常は業務妨害の故意も認められないでしょう。

したがって、よほどの事情がない限り、偽計業務妨害罪が成立するとは考えにくいです。

しかし、民事上の損害賠償責任を負う可能性はあります。

たとえ虚偽だと知らずに投稿・拡散した場合でも、その行為によって市の業務に著しい支障が生じ、損害が発生すれば、民事上の不法行為(民法709条)が成立する可能性があります。

これは、真実性を確認しないまま不正確な情報を安易に拡散し、市の信用を毀損したり、業務を妨害したりしたことに対し、損害賠償を求めるものです。具体的には、抗議対応に追われた職員の人件費や、業務が停滞したことによる損失などが損害と評価される可能性があります。ただし、損害額を立証することは容易ではありません。

●抗議の電話をかけた人の法的責任

「事実だ」と信じて行った抗議の電話であっても、その行為が悪質であれば法的責任を問われる可能性があります。

まず、偽計業務妨害罪が成立する可能性があります。上でも少し説明しましたが、偽計業務妨害罪における「偽計」とは、「人を欺罔、誘惑、威嚇し、あるいは人の錯誤、不知を利用する等の手段」を指します。裁判例では、真実に基づいた苦情であっても、その態様が「度を超えて執拗」な場合には、業務を妨害する目的があると見なされ、偽計業務妨害罪が成立する場合があります。

今回のケースでは、「ムスリム食を提供する」という誤った事実を信じ込んで、市の業務を妨害する目的で、組織的かつ執拗に電話をかけ続けた場合には、偽計業務妨害罪が成立する余地が全くないわけではありません。しかし、単に1〜2回電話をかけただけでは、罪に問われる可能性は低いでしょう。

●軽微な行為と悪質な行為の境界線

一般的に、正当な理由に基づいた1、2回の抗議であれば、市民の権利行使として問題視されません。しかし、同じ人物が日に何度も電話をかけ続けたり、長時間にわたって罵声を浴びせたりする行為は、たとえ事実だと信じていても、市の業務を意図的に妨害する悪質な行為と判断される可能性があります。

この「悪質性」の判断は、行為の回数、時間、内容、そして市の業務への影響の度合いなど、総合的な状況によって慎重に行われます。

●まとめ

今回の騒動では、投稿者や拡散者が、不正確な情報を拡散したことで民事上の損害賠償責任を問われる可能性があります。また、抗議の電話をかけた人は、その行為が悪質な態様だった場合、偽計業務妨害罪に問われる可能性もゼロではありません。

いずれの場合も、「虚偽だと知らなかった」という認識は、刑事罰の成立を難しくする一方で、民事上の責任や、悪質な行為に対する刑事責任を完全に免れるものではないと言えます。インターネット上で情報を発信する際には、その真偽を十分に確認することが不可欠です。 (小倉匡洋/弁護士ドットコムニュース編集部・弁護士)

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