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モルスタ出身の金融エリート、55歳で障害者支援の弁護士に 「金権派」はなぜ「人権派」へ?
2024年03月31日 08時01分
#法曹 #転機のロースクール

4月から第一東京弁護士会の副会長に就任する橘真理夫弁護士(67期)は、今年がキャリア10年目。大規模単位会では珍しい「若手副会長」だ。

ただし、年齢は65歳で新執行部最年長。もともとは外資金融大手のメリルリンチやモルガン・スタンレーの上級役員で、ロースクールを経て55歳で弁護士になった。

弁護士として専門にするのは経済法ではなく、まったく畑違いの障害者の刑事弁護。被疑者・被告人を適切な病院や施設などにつなぐことで、再犯を防ぐことも仕事にしている。

自称「金権派」だった金融エリートは、なぜ「人権派」の道を歩むようになったのだろうか。

4月から第一東京弁護士会の副会長に就任する橘真理夫弁護士(67期)は、今年がキャリア10年目。大規模単位会では珍しい「若手副会長」だ。

ただし、年齢は65歳で新執行部最年長。もともとは外資金融大手のメリルリンチやモルガン・スタンレーの上級役員で、ロースクールを経て55歳で弁護士になった。

弁護士として専門にするのは経済法ではなく、まったく畑違いの障害者の刑事弁護。被疑者・被告人を適切な病院や施設などにつなぐことで、再犯を防ぐことも仕事にしている。

「犯罪を繰り返す人の中には、障害や病気が影響している人もいます。実際に効果がある治療法もあるのですが、刑務所に入れるだけだと、再犯で出たり入ったりを繰り返すことになりかねず、本人にも社会にもよくありません」(橘弁護士)

自称「金権派」だった金融エリートは、なぜ「人権派」の道を歩むようになったのだろうか。

●交通事故で妻亡くす 自身も大けが

早稲田大大学院でシステム工学を修め、1984年に東京銀行(現・三菱UFJ銀行)へ入行。当時、理系出身者といえばメーカー就職がほとんど。大学院から銀行就職はまだ珍しく、他行の面接では変人扱いされることもあったという。

「みんなと同じ道にいくのもつまらないなと。そんなとき、アポロ計画(1961~1972年)が終わって仕事がなくなったエンジニアが、金融業界で大成功したという雑誌記事を読み、興味を持ちました」

働き始めるとさまざまなプログラムを組み、取引を最適化。所属先に大きな利益をもたらし、数年足らずで昇進してニューヨーク支店(ウォール街)へ栄転。日本における理系出身金融パーソンの先駆け的存在だ。

しかし、ニューヨーク赴任中に転機が訪れる。1993年6月、交通事故に遭い、妻を亡くした。自身も大けがを負い、異国の地で入退院を繰り返し、計10回近く手術を受けることに。今も太ももなどにプレートが残っており、右手の指が十分に曲がらないため、身体障害者手帳の交付を受けている。

「それまでは社会的に割と強い立場にいましたが、一気に弱いほうになった。人の優しさが身に沁みましたが、冷たさも随分体験しました。直接ではないにせよ、このときの経験が障害者刑事の仕事にもつながっているんでしょうね」

画像タイトル 若き日の橘弁護士が働いたウォール街(gandhi / PIXTA)

●「失うものは何もない」外資系への転職

ただし、弁護士を志すのはもう少し先のことだ。

「入院中、これからどうしようか、すごく考えたんです。事故で妻が亡くなり、子どももいなかったから、失うものが何もなかった。入院中、差し入れの『ゴルゴ13』を読んで、本気で傭兵になろうかと思ったり(笑)。会社に戻っても上司と折り合わなくなって、もう辞めようと…」

そんなとき、アメリカの大手投資銀行メリルリンチからのオファーが届いた。

「邦銀の自分たちからすると、アメリカの大手投資銀行のインベストメント・バンカーって、すごい給料をもらって、飛行機はファーストクラス。ウォール街でも大リーガーのような憧れの存在でした」

新天地で悲しみを紛らわすように仕事に打ち込むと、数年後にはさらに好条件でモルガン・スタンレーに移籍した。

●有名裁判の原告に 敗訴で法曹目指す

しかし、ここでもまた転機が訪れる。日本支社で働いていたとき、会社側と意見が対立し、なんと懲戒解雇されてしまったのだ。

解雇無効を求めて提訴。「モルガン・スタンレー・ジャパン・リミテッド事件」という有名な労働事件で、法律雑誌ジュリストの『重要判例解説』(平成18年度)にも取り上げられた。

結果は、一審こそ請求が一部認められたが、二審で請求棄却となり逆転敗訴。2005年11月30日のことだった。

「判決を読んで、とても自分のこととは思えなかった。現実と裁判官の認定のギャップがこうもあるのなら、金融市場と同じで何か商売ができるんじゃないかと。あと、弁護士になれば、担当裁判官に面と向かって文句のひとつくらいは言えるかなと思って(笑)」

判決への納得のいかなさ、怒りで法律家への道を考えるようになったという。折しもロースクール(法科大学院)が2004年に開校、新司法試験の1回目が2006年におこなわれるというタイミングだった。

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●「三振」でローに再入学 歳下同級生との切磋琢磨

50歳手前で、今はなき桐蔭横浜大ローに入学。しかし、法律の勉強は難しく、周りも未修者ばかりで「すごく頑張ったけど、受かる雰囲気がなかった」。

新司法試験も当初喧伝された「合格率7~8割」には程遠く、3回不合格(三振)で受験資格を喪失。再び試験を受けるため、今度は慶應ローに入り直した。

「他のローでは、『三振』しているからと受験すら断られてしまいました。慶應ローは、学生のモチベーションも高くて、先生から当てられて答えられないと、周りから『時間の無駄』『授業を止めるな』という顔をされる(笑)。随所に勉強を促されるような環境がありました」

大手渉外事務所からきた実務家教員の授業では、金融実務について学生にレクチャーするよう頼まれるなど、金融のプロという経歴は学内でも一目置かれていたようだ。

労働法を選択する学生から、有名裁判例の当事者であることを驚かれるなど、歳の離れた学友たちとも交流を深め、刺激を与えあいながら、今度は卒業後1回目の試験で合格した。

●刑務所とシャバ、「ぐるぐる」の輪を断ち切りたい

法律家として、馴染みのある金融分野を専門にしようと考えたこともあったが、司法修習時代に興味を持ったのは刑事弁護。特に知的障害や精神障害(統合失調症、依存症、発達障害など)に起因する事件だったという。典型的なのは、窃盗、薬物、痴漢、盗撮などだ。

「刑務所とシャバ(娑婆)をぐるぐる回っている人たちを見たんです。本人もやめたいんだけど、やめられない。本当に植木等の『わかっちゃいるけどやめられない』、山本リンダの『もうどうにもとまらない』のような状態です。これを何とかできないかなと思いました」

薬物をやめたい人を支援する施設「DARC(ダルク)」の立ち上げにもかかわった故・奥田保弁護士ら、問題に取り組む弁護士たちとの付き合いも生まれ、「活動から抜けるに抜け出せなくなってしまいました」。

2014年12月に55歳で弁護士登録した「オールドルーキー」は、単位会や東京三会の障害者刑事の委員会や協議会に所属。現在ではそれぞれで中心人物になっている。

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●この20年で犯罪が激減、再犯防止に注目集まる

メディアでは凶悪犯罪が取り上げられがちだが、刑法犯の認知件数は2002年(285万4061件)をピークに大幅減少。2024年は70万3351件でおよそ4分の1になっている。

画像タイトル 刑法犯の認知件数。黄色の棒グラフが平成14年(2002年)を境に急減していることがわかる。『令和5年版犯罪白書』より(https://www.moj.go.jp/housouken/housouken03_00127.html)

一方、この20年で初犯者数が大幅に減ったことで再犯者率(検挙された刑法犯に占める再犯者の割合)が高まり、再犯防止の重要性に目が向けられるようになった。

画像タイトル オレンジの折れ線グラフから再犯者率がこの20年ほどで増えてきたことがわかる。『令和5年版犯罪白書』より(https://www.moj.go.jp/housouken/housouken03_00127.html)

何度も罪を犯してしまうケースでは、障害や病気が関係していることが多い。刑務所にただ閉じ込めておくのではなく、裁判なども含めて、治療や改善更生を図り、二度と刑務所に戻ってこなくても良いよう社会復帰してもらうことが大切だ。

2016年には再犯防止推進法、2017年には再犯防止推進計画ができ、裁判所や検察の障害者への対応も大きく変わってきたという。

「ちょっと前の裁判所だと、更生支援計画を出しても、被告人のやったことと何の関係があるんだ、今論じているのは過去の話だろう、という反応が珍しくありませんでした。今は裁判所もその辺りをちゃんと見てくれるようになりました」

●急に整いはじめた諸制度

その更生支援計画をつくるのは主に社会福祉士だが、拘置所の面会に回数や時間制限があったため、せっかく出向いたのに無駄足になるという問題があった。

改善されたのはつい最近の2023年。日弁連から改善要望を出し、橘弁護士と法務省矯正局が中心となって通達を作成、社会福祉士については回数制限などをなくす運用に変わった。

また、同年12月の日弁連臨時総会では、社会福祉士らへの報酬について、将来的な公費化を目指すためのステップとして、日弁連から補助を出すことも決まった。

障害者に限った話ではないが、出所後などについても、再犯防止に向けて弁護士が支援する「よりそい弁護士制度」が全国に広がりつつあり、環境整備が急速に進んでいる。

●長く続く理由は「思い入れが強くないこと」

一方で、障害者刑事を専門にする弁護士はあまり多くない。困難を抱えた被疑者・被告人とのコミュニケーションはときに困難で、治療の過程では再犯による「裏切り」が起こることもある。粘り強く相手と向き合うことが求められる仕事だ。

「自分が長く続けられている理由の1つは、思い入れが強くないことかなと思います。周りに流されて刑事弁護人になってしまいましたが、もともとは『金権派』を自認していましたし、司法修習に行くまでは、死刑制度にも賛成の立場でした(もっとも、修習を通じて死刑制度に反対すべきと考えるようになりました)。今も『崇高な理念のため』という意識はないんですよね」

刑事弁護のセオリーからは外れるそうだが、被疑者・被告人に対し、我慢せず強く物を言うこともあるし、支援する相手が再犯をしてしまっても、仕方がないと割り切り、過度な期待はしないという。毎日、少しずつでも良くなればいい。

理系の学生時代や金融時代からは想像できない毎日。法律家になったことで考え方が変わったのではないかとも思えるが、「研究の仕方と一緒」だと言い切る。

「『客観』を集めて、並べて、分析していくことには変わりありません。愚直にその作業をしていくと、ときにはとんでもないことが分かって、見える景色が変わることもあるけど、それに応じた行動をとるだけ。

もちろん、学生のときのぼくには被疑者・被告人のことは理解できなかったかもしれない。でも、障害・病気が影響しているという知識を得たことで行動が変わりました」

他の弁護士に向けて、「見える景色や自分の考え方が変わっていく体験ができる仕事です。一度で良いので現場を見てもらうことをおすすめしたいですね」とアピールした。

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