週刊誌や新聞が報じるたび、政治家は釈明に追われ、国会の議論が停滞する──。何度も繰り返されてきた「政治とカネ」をめぐる問題に、国民は怒り、政治不信が募ってきた。
こうした光景に終止符を打つかもしれない画期的なサービスが、今年4月に登場した。「政治資金収支報告書データベース」だ。
政治家の「お金」に関する資料はこれまで物理的に点在し、調べるには大きな労力が必要だった。この新しいシステムでは、誰もがウェブ上で簡単に閲覧・検索できる。
社会はこれによってどう変わるのか。制作者であり、一般社団法人「政策推進機構」代表理事、西田尚史さん(36)に聞いた。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)
●バラバラに散らばっていた「政治資金収支報告書」
──これまで、政治家のお金をめぐる情報にはどんな課題があったのでしょうか?
政治団体は全国に約6万〜7万存在すると言われていますが、政治活動に関するお金のやりくりを記録した「政治資金収支報告書」の提出先が、総務省と各都道府県の48カ所に分かれており、非常に煩雑です。
特に国会議員の場合、地元と東京にそれぞれ政治団体を持っていることが多く、収支を追うには複数の場所から報告書を取り寄せて分析する必要があります。これを個人でやるのはかなり大変です。
さらに、企業からの献金を調べようとしても、政治団体ごとに企業名の表記が微妙に異なることがあり、単純な集計が難しいのが実情でした。
私たちのデータベースでは、政治家単位、企業単位で横断的に検索できるように整えています。
加えて、報告書の保存期間はわずか3年。期限を過ぎれば破棄されてしまうため、過去をさかのぼった調査が難しいという問題もあります。
政治資金収支報告書データベースは、政治家や政治団体、企業の名前で検索できる
●「データに基づかない議論に終止符を」
──このデータベースが社会にもたらすインパクトは?
最大の意義は、国会での"データに基づかない議論"に終止符を打てることです。
たとえば、昨年の国会では企業献金の是非が議論されましたが、具体的に「どの企業が、いくらを、どこに出しているのか」という全体像が共有されないまま議論が進んでいました。それでは正しい評価ができません。
また、報道では一部の政治家の問題ばかり強調されがちですが、データを見る限り、誠実に取り組んでいる政治家も多くいます。
このデータベースを使えば、「自分の地元の議員さんはどうなんだろう?」と調べることができますし、健全な資金の使い方が確認できれば、過度な政治不信の払拭にもつながるはずです。
実際、データベースの公開後には「こういうのが見たかった」「自分の地元の議員がまともだとわかって安心した」という声が数多く寄せられました。NHKや朝日新聞など、報道機関にも活用してもらっています。
石破茂首相の政治資金収支報告書に出てきた「日本医師連盟」というワードをクリックすると、同連盟が寄付している他の政治家リストがすぐに表示された
●地方議員にも拡充へ 9月までクラファンに挑戦中
──クラウドファンディングに挑戦中ですね。
現在公開しているのは、国会議員約700人分の直近1年分の収支報告書です。今後は、全国の知事(47人)と地方議員(約2600人)を対象に、過去3年分の政治資金収支報告書と政務活動費にも対象を拡大したいと考えています。
これまでは自己資金で運営してきましたが、全国展開と継続的な運営には、組織的な体制が必要です。そこで目標金額3000万円のクラウドファンディングを始めました。
集まった資金は、未収集のデータを取得・整理し、データベース化するための開発費や人件費に充てる予定です。
募集は9月まで。「政治とカネ」の問題を本気で終わらせたいと願う方は、ぜひ力を貸してください。
政治資金収支報告書データベースの対象を全国の知事や地方議員に広げるため、西田さんはクラウドファンディングに取り組んでいる(CAMPFIREより)
●日本人であることを意識した幼少期
──政治とカネの問題に取り組もうと思ったきっかけは?
私は幼少期から海外で暮らしていました。4歳から10歳まではアメリカ、12歳から16歳はイギリス、16歳から18歳まではタイにいました。
アメリカとイギリスでは比較的アジア人が少ない地域に住んでいたので、日本人であることを強く意識する環境だったと思います。
もともと社会に貢献したい気持ちはありましたが、政治というものが社会を動かすうえで欠かせない存在だと感じていました。
きっかけは、5年ほど前に通っていた社会人大学院の修了課題です。政治家の発言、経歴、得票率などの情報を統合する仕組みを考えていた中で、『政治資金収支報告書』の存在を知り、そこから興味を深めていきました。
修了後も、そのまま終わらせたくなくて、平日の夜や休日など、仕事の合間にコツコツ開発を続けてきたんです。
データベース上に表示された石破茂首相の政治資金収支報告書の詳細
●「できないと言われると、やりたくなる」
──データベースの構築過程で難しかったことは?
過去に、民間企業から数千万円の助成を得てデータベース化に挑んだ団体がありましたが、資金が尽きて断念したと聞きました。
私も開発にあたり、その団体の方に相談したのですが、「甘く考えすぎている」「できませんよ」と言われたんです。でも、人間って"できない"って言われると、かえってやりたくなるものじゃないですか。
エンジニアの友人の力を借りながら、2年ぐらい試行錯誤を重ねました。たしかに手間とコストはかかりますが、テクノロジーを活用し、最後は人の目で丁寧に確認するという業務プロセスを組めば、実現は可能だと思っていました。
政治資金を調べられるデータベースを制作した西田尚史さん(ウェブ会議の画面より)
●「政治とカネ」を終わらせるには市民の力が必要
──このデータベース、どのように使ってほしいですか?
「政治とカネ」の問題は、政治家だけに任せていても解決しません。ファクトに基づく議論ができる土台があれば、民間の力で解決に向かうことができます。このアプローチしかないと信じています。
まずは、自分の地元の政治家の名前を検索してみてください。どの団体・企業から収入を得ているのか、何に使っているのかが一目でわかります。
また、ある団体から献金を受けているとわかったら、その団体の名前で検索して、ほかに誰に献金しているのかを調べるのも面白い。気になる支出項目があれば、そのキーワードで検索して比較してみるのもおすすめです。
誰もが手にできる"政治のお金の見える化"が、健全な民主主義の第一歩だと信じています。