定期を拾ってくれた男性から「食事に行きましょう」と誘われた。応じなかったけど問題ないのかーー。弁護士ドットコムにこうした相談が寄せられました。
相談者はある日、更新したばかりの通勤定期のSUICAのカードを紛失し、勤務先の最寄り駅に届けられていることを知りました。駅員に返却を求めると、「拾ってくれた男性がお礼を求めています」と伝えられ、後日、男性に連絡をとって謝礼のやり取りをするよう念を押されたそうです。
翌日、拾得者の男性にお礼と謝礼の支払いのために連絡すると、「お礼はいいから食事に行きましょう」と誘ってきました。相談者は食事の誘いを断り、代わりにお礼の品を送ったそうです。そもそも、落とし物の持ち主は、拾った人にお礼をしなければならないのでしょうか。お礼の内容として、食事に誘われたら応じなければならないのでしょうか。
●落とし物を拾った人への「報労金」は法律上の義務
まず、落とし物の持ち主である相談者が、拾得者に対して「お礼」をする義務があるのでしょうか。
法律上、遺失物を拾得した人に対して、落とし物の持ち主は「報労金」を支払う義務があります(遺失物法第28条1項)。つまり、単なる「お礼」ではなく、報労金の支払いは法律上の義務です。報労金の額は、物品の価格の5パーセントから20パーセントの間で、当事者間で定めることになります。
ただし、今回のSUICA定期券のように、駅などの施設内で拾得された場合(施設内で業務に従事する者が拾得した場合を除く)、報労金は拾得者と施設占有者(この場合は鉄道会社)で折半されます(遺失物法第28条2項)。
そのため、拾得者が請求できる報労金の額は、物品の価格の2.5パーセントから10パーセントの間となります。
また、SUICA定期券の価格は、紛失当時の払戻金相当額を基準に算定されるのが一般的です。相談者が行ったように、拾得者の求めに応じて物品を送るという形で報労金に代えることも、当事者間の合意があれば問題ありません。
●食事の誘いに応じる法的な義務はない
次に、拾得者から報労金に代えて「食事に行きましょう」と誘われた場合ですが、応じる義務はありません。
報労金は、上記のように「金銭」または当事者間の合意による「物品の提供」で行われるものです。食事や交際などの行為に応じる法的な義務はありません。相談者が食事の誘いをお断りしたという対応は、法的に見てまったく問題ありません。
なお、報労金という本来の目的を超えて、拾得者が執拗に食事や交際を求め続けた場合、その行為は条例や刑法(脅迫などを伴う場合)などに反するものとして刑事的な問題に発展する可能性も考えられます。
●食事の誘いなどをされた場合に、どう対応すれば良い?
1)警察は間に入ってくれない
お礼の請求や支払いは、遺失物法に基づくものですが、具体的な金額の決定や金銭の受け渡しは当事者同士の民事上の問題です。
警察は民事上の紛争には介入しないという原則を厳格に守っています。そのため、落とし主が警察に「お礼を預けるので代わりに渡してほしい」「拾った人に伝言してほしい」と頼んでも、警察はトラブル回避のため、こうした仲介業務を断ります。
警察の役割は、お礼を求める拾得者の連絡先を落とし主に伝えることまでで、その後の金銭のやり取りには関わってくれません。
2)駅も仲介してくれない
駅などの施設も、お礼の受け渡しを仲介することには消極的です。
駅は一時的に落とし物を預かる管理者であり、お礼は返還後に発生する当事者間の問題です。駅側に仲介を行う法的な義務はなく、明確な業務規定もありません。金銭トラブルのリスクや余計な業務負担を避けるため、「当事者同士で解決してほしい」という対応をとることがほとんどです。
3)弁護士に頼むのは現実的ではない
第三者の協力が得られない場合、法的な手続きを代理してもらうため弁護士に依頼するという方法もあります。
しかし、数千円から数万円程度のお礼のやり取りのために弁護士に依頼することは、費用の面から現実的ではありません。弁護士費用が高額になるため、経済的な負担がお礼のリスクを大幅に上回ってしまいます。
4)家族や知人に協力してもらう方法
公的機関の協力を得られず、弁護士への依頼も現実的でないとなると、家族や親しい知人に協力を依頼することが現実的でしょう。落とし主の代わりに家族や知人が拾得者と連絡を取り、お礼の額の相談や受け渡しの調整を代行することができます。
ただし注意点があります。法律上、報酬を得る目的で他人の法律事務を扱うと弁護士法違反(非弁行為)となります。家族や知人が無報酬で単なる連絡や物品の受け渡しを代行するだけであれば、弁護士法違反にはならないと考えられます。
ただし、報酬を受け取って法的な交渉そのものを代行することはできないので注意が必要です。
監修:小倉匡洋(弁護士ドットコムニュース編集部記者・弁護士)