9131.jpg
炎天下の高校野球、熱中症で倒れたら「誰の責任」になる? 主催者の"法的義務"を弁護士が解説
2025年08月06日 10時32分
#熱中症 #甲子園 #高校野球

夏の全国高校野球が開幕する中、気象庁が発表する「熱中症警戒アラート」や、さらに上位の「熱中症特別警戒アラート」に注目が集まっている。

甲子園のある兵庫県では、7月30日に丹波市で国内観測史上最高となる41.2℃を記録。真昼間に試合がおこなわれるスケジュールについて「日陰もないから熱中症リスクが膨大」「死者が出るまでやめないつもりか」など、選手の健康を憂慮する声も相次いでいる。

こうした中、大会中に熱中症で選手や観客が深刻な健康被害を受けた場合、主催者にはどのような法的責任が問われるのか。スポーツ事故と法律にくわしい高橋駿弁護士に聞いた。

夏の全国高校野球が開幕する中、気象庁が発表する「熱中症警戒アラート」や、さらに上位の「熱中症特別警戒アラート」に注目が集まっている。

甲子園のある兵庫県では、7月30日に丹波市で国内観測史上最高となる41.2℃を記録。真昼間に試合がおこなわれるスケジュールについて「日陰もないから熱中症リスクが膨大」「死者が出るまでやめないつもりか」など、選手の健康を憂慮する声も相次いでいる。

こうした中、大会中に熱中症で選手や観客が深刻な健康被害を受けた場合、主催者にはどのような法的責任が問われるのか。スポーツ事故と法律にくわしい高橋駿弁護士に聞いた。

●暑い、即「中止」すべきか

──熱中症警戒アラートや特別警戒アラートが出る中で試合を実施し、健康被害が出た場合、主催者に法的責任(損害賠償責任)は発生するのでしょうか。

甲子園に限らず、一般論として、スポーツイベントの主催者には、選手や観客、スタッフの生命・身体を守る「安全配慮義務」が課されています。

中でも、競技がおこなわれる「環境」は、安全配慮義務の履行状況を判断するうえで重要な要素です。熱中症警戒アラートや特別警戒アラートが出ているということは、暑さ指数(WBGT)が高く、健康被害のリスクが極めて高いことを意味します。

そのような状況下で、特段の対策を講じることなく試合を実施し、実際に被害が出た場合には、主催者に安全配慮義務違反が認められる可能性があります。過去の裁判例を踏まえても、一定の法的責任が問われる余地は十分にあるといえるでしょう。

ただし、暑いという状況のみで、一概に中止・制限しなければ法的責任が必ず生じるとまでは言い切れません。たとえば、名古屋地裁一宮支部の平成19年9月26日判決では、「乾球温31℃以上の暑熱環境下の激しい運動であっても、暑熱馴化、休憩の取り方、水分補給、個々の体調などに十分配慮すれば熱中症は予防可能であり、暑熱環境というだけで直ちに過失が認められるわけではない」とされています。

したがって、実際に責任が認められるかどうかは、暑さ指数(WBGT)の値を前提として、主催者がどれだけ適切な対策を講じていたか、が大きなポイントになると考えられます。また、JSPO(日本スポーツ協会)が公表している「熱中症予防運動指針」等も、中止・制限の判断の際には考慮要素とすべきです。

●「2部制」「クーリングタイム」が有効な対策に

──主催者が「安全配慮義務を尽くしていた」と評価されるには、どのような対応が必要でしょうか。

裁判例においては、WBGTや、気温・湿度といった環境要因に加え、給水の頻度や服装なども考慮されます。

たとえば、今大会で導入されている2部制(午前と午後に分けた日程)は、気温や湿度が高い危険な時間帯を避ける点で有効です。また、クーリングタイムの導入や、水分・飲料の提供、審判や選手のユニフォーム・シューズの色の規定緩和も、リスク軽減につながる対策といえるでしょう。

これらの工夫がされていれば、仮に被害が出た場合でも、主催者の責任を否定する事情になりえます。

●観客への責任は相対的に低い

──観客が熱中症で被害を受けた場合、主催者の責任はどうなりますか。

選手と同様に、観客についても、主催者が何ら有効な対策を取らず、高リスクの環境に招き入れた結果、被害が生じたようなケースでは、安全配慮義務違反を問われる可能性があります。

ただし、観客は選手と異なり、服装や移動、休憩のタイミングを自分で調整できる立場です。そのため、主催者の責任が認められるハードルは相対的に高くなると考えられます。

たとえば、水分補給や休憩の場内アナウンスがおこなわれていたにもかかわらず、観客側がそれに従わなかった場合などは、「過失相殺」によって損害賠償額が減額される可能性があります。

●「何もしない」はあり得ない

──SNSではさまざまな対策案が出ています。実効性のある対策とは?

朝の早い時間帯やナイターでの開催は、暑さ対策として有効です。ただし、早朝は準備や移動、ナイターは終了時間が遅くなりすぎるなど、学生スポーツならではの課題があります。

また、「7回制」の導入など、試合時間の短縮も検討されていますが、野球のルールそのものに関わるため、賛否が分かれるところです。高野連もアンケート調査をおこなうなど、現場の声を踏まえた丁寧な議論が求められます。

会場をドーム球場に変更するという案もありますが、「甲子園=高校野球の聖地」という歴史的・象徴的な意義をどう考えるかという問題にもつながるため、慎重な判断が必要でしょう。

いずれにせよ、熱中症は生命にも関わる重大なリスクであり、「何もしない」という選択肢はありえません。主催者には、抜本的な制度設計の見直しに加えて即効性のある対策も強く求められます。

・熱中症の兆候を早期に察知できる専門スタッフの配置
・被害発生時の救護体制・プロトコルの整備
・観客へのリスク周知と注意喚起(場内アナウンス、掲示など)

こうした対策を講じることこそが、大会運営者の責任であり、選手・観客の生命を守るうえで欠かせません。

新着記事
一般的なニュースのサムネイル

同性婚訴訟、東京高裁が「合憲」判断 全国で唯一判断割れる結果に…弁護団「きわめて不当な判決だ」

性的マイノリティの当事者が、同性同士が結婚できないのは憲法に反するとして、国を訴えた裁判(東京2次訴訟)の控訴審で、東京高裁(東亜由美裁判長)は11月28日、現行法の規定を「合憲」と判断した。

一般的なニュースのサムネイル

最高裁で史上初の「ウェブ弁論」、利用したのは沖縄の弁護士「不利益にならない運用を」

裁判の口頭弁論をオンラインで実施する「ウェブ弁論」が今月、初めて最高裁でおこなわれた。

一般的なニュースのサムネイル

夫の「SM嗜好」に苦しむ妻、望まぬ行為は犯罪になる?離婚が認められる条件は?

パートナーの理解を超えた「性的嗜好」は、離婚の正当な理由になるのでしょうか。弁護士ドットコムには、そんな切実な相談が寄せられています。

一般的なニュースのサムネイル

国分太一さん「答え合わせしたい」日テレの拒否は「適正手続」の観点から問題?

コンプライアンスの問題を理由に番組を降板し、活動を休止していた元TOKIOの国分太一さんが、11月26日に東京霞が関で記者会見を開きました。

一般的なニュースのサムネイル

国分太一さん「録音の削除求められた」消さないと違法だったの?弁護士が解説

解散したアイドルグループ「TOKIO」の国分太一さんが11月26日、東京都内で記者会見を開き、日本テレビ側から番組降板を告げられた際、会話を録音しようとしたところ、同席した弁護士からデータの削除を求められたと明らかにした。一般論として、法的に録音の削除に応じないといけないのだろうか。

一般的なニュースのサムネイル

「サケ漁はアイヌ文化の主要な部分」日弁連、アイヌ施策推進法の改正求める意見書

日本弁護士連合会(日弁連)は11月20日、「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律」(アイヌ施策推進法)の5年見直しに際し、アイヌ集団の権利保障やサケ漁の権利の法整備などを求める意見書を公表した。同法附則第9条の見直し規定に基づき、文部科学大臣や農林水産大臣など関係機関に提出した。

もっと見る