プロ野球が開幕して1週間余り、各地で熱戦が繰り広げられ、まさに「球春到来」を感じさせる。
そんな中、物議を醸しているのが、日本野球機構(NPB)が新たに設けた試合観戦時のルールだ。
「プレー中の選手の写真・動画の投稿を全面的に禁止する」という新しい規程は、放映権を守るという目的がある。
一方で、野球観戦の楽しみを奪うという面から批判の声も多く、見直しをうったえる署名活動も展開されている。
NPBの新規程について、われわれファンはどのように向き合い、NPBは批判の声にどのように応えるべきか。メジャーリーグや他スポーツの事例も見ながら考えたい。(弁護士ドットコムニュース・玉村勇樹)
●プロ野球の普及と価値向上のための新規程
NPBが設けた新たな規程では、プレー中の選手の写真や動画を投稿することを禁止している。選手以外の観客やマスコットなどについても、試合中の投稿は禁じられ、試合終了後かつ140秒以内という制限を設けている。
撮影自体は認められており、撮影したものを家族や友人に送るのも大丈夫だが、インスタグラムやXなどSNSで公開することは禁じている。
ファンからは「ささやかな楽しみを奪わないでほしい」「動画は100歩譲ったとしても画像まではやりすぎ」といった批判の声が相次いでいる。
NPBは公式ホームページで、その目的を「主催者が有する権利及び法益を適正に保護しながら、プロ野球の普及発展と球場観戦の価値向上を図るため」としている。
NPBが設けた撮影・配信に関する新規程(NPBのホームページより)
●MLBは「黙認」国内トップリーグも容認傾向
では、野球の本場アメリカのメジャーリーグ(MLB)はどうだろうか。
MLBの日本語公式サイト「MLB.jp」の村田洋輔編集長は「実はMLBも、ファンが試合中に撮影した写真や動画をSNSに投稿することを禁止しています」と説明する。
たとえば、大谷翔平選手が所属するロサンゼルス・ドジャースは公式ホームページに「球場内では個人利用を目的とした撮影のみ許可される」「試合中の撮影は写真・動画とも禁止」と明記されている。
また、ロサンゼルス・エンゼルスの公式ホームページでも同様の記載があり、「これらはMLBに要求されたもの」とも書かれているという。
一方で、ルールは厳格に守られているわけではなく、SNS上には多くの写真や動画が溢れており、村田編集長は「悪質なもの以外は宣伝の一環として黙認しているのが実情です」と話した。
国内の他スポーツをみてみると、バスケットボールのプロリーグ「Bリーグ」は「15秒以内」「来場者本人が撮影」という条件で、SNSやインターネットでの試合動画の公開を認めている。
2024年10月に始まったバレーボールの新たなトップリーグ「SVリーグ」においても「1セットあたり1ラリー」なら動画投稿を許可しているほか、Jリーグでも2022年2月から写真に限り、試合中のものでもSNS投稿を解禁した。
●日本ハムが「独自の運用」でNPBから改善勧告
そんな中、北海道日本ハムファイターズが3月31日、新たな規程に関してNPBから改善勧告を受けた。
日本ハムは本拠地で開催される試合について、昨シーズン同様「営利・非営利問わずライブ中継に準ずる行為で無い限り、ファンが試合中に写真や動画を撮影し、それをSNSに投稿することを許容」していた。
日本ハムは新規程で「この限りではない」と書かれている「主催者が承認した場合」に該当すると判断したようだが、NPBはこれをよしとしなかった。
結局、日本ハムはホームページ上で「ファンの皆様並びにNPB及び他の11球団の皆様に混乱をお招きしたことをお詫び申し上げます」と謝罪。4月7日には、投稿を認めない方針へ運用を改めたと発表した。
これに怒ったのが熱心な野球ファンだ。「放映権を管理する主催者側の判断をNPB側が禁ずることは、放映権を守る為の規約になっていない」として、NPBに抗議するためオンラインによる署名活動を立ち上げた。
発起人は野球関連の情報発信をおこなっているインフルエンサーの青味噌さん。「他のスポーツが容認する中で制限するNPBの意図がわからない。ファンにとってメリットが一つもない」と憤る。
4月7日に始まった署名活動は、わずか1日で賛同者が1万人を超えた。
●あまりに複雑な「ボールデッド」のルール
NPBは試合中の選手の映像をすべて禁止しているかというと、実はそうではない。
試合後かつ140秒以内という条件付きで、唯一許されているのが、「ボールデッド中」の映像だ。しかし、これがさらにファンを混乱させる要因になっている。
「ボールデッド」は、野球経験者でも正しく理解できないことがある複雑なルールだ。
公式野球規則には「規定によってボールデッドとなるか、または審判員が”タイム”を宣告して試合を停止しない限り、ボールインプレイの状態は続く」とある。つまり審判が試合を止めない限り「ボールデッド」にはならないというわけだ。
たとえば、同じフォアボールでも、ボールを投げない申告敬遠の場合は「ボールデッド」になるので、試合終了後なら投稿できるが、投手が4回ボール球を投げたことによるフォアボールはボールインプレーなので投稿できない。
また、ホームランの場合はスタンドに入った地点で「ボールデッド」になると考えられる。そのため「打ってからスタンドに入ってホームランと確定するまで」の映像はSNSに載せられないということになる。
これだけでもいかにややこしいかがわかるだろう。
●制限するなら、公式がそれに変わるコンテンツを届けるべき
Xのアカウントの比較、MLB(左)は写真も使われ視覚的にも分かりやすい
では、広がる批判の声にNPBはどのように応じるべきだろうか。
村田編集長は「MLBでは、本体だけでなく、各球団のSNS投稿が非常に充実している」と語る。
1200万人以上のフォロワーをもつMLBの公式Xは、その日の試合結果を活躍した選手の写真付きで投稿するだけでなく、ファインプレーやホームランの映像を試合中でも公開したり、球団が投稿した試合映像をリポストしたりして、ファン獲得に一役買っている。
一方、NPBの公式Xは、試合結果や出場選手登録などの内容を文字で投稿しただけの、まるで「業務報告」のような、とても味気のないものだ。
「ファンの投稿を制限するのであれば、NPB本体やNPBの各球団がより一層、リアルタイムなSNS投稿に注力する必要があります。『投稿を制限する代わりに公式のコンテンツを増やす』という形であれば納得するファンも多いのではないかと思います」(村田編集長)
青味噌さんも「SNSでの投稿は球場での臨場感が味わえるのが一番の魅力。公式がそれを補うだけの映像を投稿してくれないとファンは納得しない」と同調する。
たしかにYouTubeなどには、テレビやインターネットで配信されている試合の中継映像をそのまま公開してるものも見受けられる。試合映像をそっくりそのまま投稿して、収益を得るのは言語道断だ。
しかし、ファンが球場で覚えたリアルな感動をSNSで共有するのは、NPBのいう「球場観戦の価値向上」につながるのではないだろうか。
ではどのシーンでその感動を覚えるか。それは当然「試合中の選手の姿」だろう。
NPBにはぜひ、たった1日で集まった1万人以上の声なき声を真摯に受け止めてほしい。