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小野市「生活保護通報条例」 プライバシー権の過度な制約で「違憲の可能性もある」
2013年03月28日 11時57分

お笑いタレントの家族の「不正受給疑惑」をきっかけに強まった「生活保護たたき」。ネットから広がった「ナマポ」というスラングからわかるように、世間からは、生活保護受給者に対して冷たい視線が注がれているようだ。そのような中、兵庫県小野市議会で、一風変わった条例が3月27日、可決・成立した。

小野市議会のホームページなどによると、この条例は、受給者がパチンコなどギャンブルで生活保護費を浪費することをはっきりと「禁止」している。さらには、ギャンブルをしている受給者を見つけたら、「通報」することを市民の責務と定めている。ただし、罰則があるわけではない。条例は今年4月1日から施行される。

たしかに、税金から捻出されている生活保護費をギャンブルに使われるとあっては、納税者の心理としても複雑なところがあるだろう。一方で、生活保護費に何を使うかは「個人の自由」という意見もある。そのような観点からは、「個人の尊重」をうたった憲法に反しているようにも思える。

はたして、小野市の条例は違憲になる可能性はあるのだろうか。村上英樹弁護士に聞いた。

●生活保護受給者の「プライバシー権」が制約される

「大変難しい問題ですが、小野市の条例は違憲の可能性もあると思います」

このように村上弁護士は語る。なぜそのように言えるのか。「ポイントは、今回の条例が、生活保護受給者の権利について『生活保護法が定めている以上の制限』を加えているのではないか、という点にあります」という。

具体的には、小野市の条例のどこが問題なのだろうか。受給者のギャンブルによる浪費を「禁止」している点だろうか。

「この条例のパチンコ等を禁じる内容そのものは、生活保護法で定められている『支出の節約をはかる』(同法60条)という生活保護受給者の義務と同じとも言えるでしょう。したがって、この点だけでは、違憲とは言えないのではないかと思います」

つまり、パチンコなどギャンブルによる浪費を禁止する条例の内容だけでは、違憲とまでは言えないのではないかということだ。村上弁護士は説明を続ける。

「ただし、市民が受給者の問題行動について市に『情報提供する責務』があるという条例の規定は、生活保護法にはない点です。これを受給者の立場からみれば、自分の行動が監視され、いつ市に通報されるかもわからないという状況に置かれるということです。

ですから、受給者のプライバシー権(憲法13条)が制約されることになる、という見方ができます。このプライバシー権の制約が、はたして憲法上許される範囲内なのか。つまり、個人の自由の必要最小限度の制限といえるのか、という点が重要です」

●法律との関係で、条例が「違憲」と判断される可能性もある

このように、「通報」を市民の義務とすることで、受給者のプライバシー権が侵される可能性が出てくる。その点について、違憲の可能性があるということだ。村上弁護士はさらに、もう一つ、重要な視点として、「法律と条例との関係」を指摘する。

「もし条例が、法律(生活保護法)以上に人権を制限するとすれば、条例について定めている『憲法94条』に違反しているのではないか、という問題になります」

憲法94条をみてみると、地方自治体は『法律の範囲内で』条例を制定することができる、と書かれている。つまり、地方自治体はどんな条例でも自由に制定できるわけではないのだ。

「法律と条例に関する過去の裁判例の考え方によれば、生活保護法が定める受給者の義務や権利制限の趣旨をどう理解するか、が重要になります。

受給者のプライバシー権が制約される度合いについて、生活保護法が全国一律のレベルを要求している趣旨であると理解すれば、今回の条例が『違憲である』という疑いが濃くなります」

●法律の趣旨の解釈しだいで「合憲」の可能性もある

一方で、村上弁護士は「合憲」の可能性にも触れる。

「これに対して、生活保護法は、受給者のプライバシー権の制約について、条例によって各市町村がその実情に応じて別の規制を行うことを禁止していない、と理解すれば、合憲であるという結論もあり得ます。

ただ、この場合でも、今回の条例のように、受給者のプライバシー権を特別に制限することもやむを得ないという実情が、小野市にあるのかどうか、という点が重要となります」

今回の条例案が小野市議会に提出されたとき、一部の人から「監視社会になる」と心配する声もあった。今後も、生活保護受給者に対する世間の風当たりは強いかもしれないが、プライバシー権の観点などから、小野市の条例が憲法に違反している可能性もあるということは覚えておきたい。

(弁護士ドットコムニュース)

お笑いタレントの家族の「不正受給疑惑」をきっかけに強まった「生活保護たたき」。ネットから広がった「ナマポ」というスラングからわかるように、世間からは、生活保護受給者に対して冷たい視線が注がれているようだ。そのような中、兵庫県小野市議会で、一風変わった条例が3月27日、可決・成立した。

小野市議会のホームページなどによると、この条例は、受給者がパチンコなどギャンブルで生活保護費を浪費することをはっきりと「禁止」している。さらには、ギャンブルをしている受給者を見つけたら、「通報」することを市民の責務と定めている。ただし、罰則があるわけではない。条例は今年4月1日から施行される。

たしかに、税金から捻出されている生活保護費をギャンブルに使われるとあっては、納税者の心理としても複雑なところがあるだろう。一方で、生活保護費に何を使うかは「個人の自由」という意見もある。そのような観点からは、「個人の尊重」をうたった憲法に反しているようにも思える。

はたして、小野市の条例は違憲になる可能性はあるのだろうか。村上英樹弁護士に聞いた。

●生活保護受給者の「プライバシー権」が制約される

「大変難しい問題ですが、小野市の条例は違憲の可能性もあると思います」

このように村上弁護士は語る。なぜそのように言えるのか。「ポイントは、今回の条例が、生活保護受給者の権利について『生活保護法が定めている以上の制限』を加えているのではないか、という点にあります」という。

具体的には、小野市の条例のどこが問題なのだろうか。受給者のギャンブルによる浪費を「禁止」している点だろうか。

「この条例のパチンコ等を禁じる内容そのものは、生活保護法で定められている『支出の節約をはかる』(同法60条)という生活保護受給者の義務と同じとも言えるでしょう。したがって、この点だけでは、違憲とは言えないのではないかと思います」

つまり、パチンコなどギャンブルによる浪費を禁止する条例の内容だけでは、違憲とまでは言えないのではないかということだ。村上弁護士は説明を続ける。

「ただし、市民が受給者の問題行動について市に『情報提供する責務』があるという条例の規定は、生活保護法にはない点です。これを受給者の立場からみれば、自分の行動が監視され、いつ市に通報されるかもわからないという状況に置かれるということです。

ですから、受給者のプライバシー権(憲法13条)が制約されることになる、という見方ができます。このプライバシー権の制約が、はたして憲法上許される範囲内なのか。つまり、個人の自由の必要最小限度の制限といえるのか、という点が重要です」

●法律との関係で、条例が「違憲」と判断される可能性もある

このように、「通報」を市民の義務とすることで、受給者のプライバシー権が侵される可能性が出てくる。その点について、違憲の可能性があるということだ。村上弁護士はさらに、もう一つ、重要な視点として、「法律と条例との関係」を指摘する。

「もし条例が、法律(生活保護法)以上に人権を制限するとすれば、条例について定めている『憲法94条』に違反しているのではないか、という問題になります」

憲法94条をみてみると、地方自治体は『法律の範囲内で』条例を制定することができる、と書かれている。つまり、地方自治体はどんな条例でも自由に制定できるわけではないのだ。

「法律と条例に関する過去の裁判例の考え方によれば、生活保護法が定める受給者の義務や権利制限の趣旨をどう理解するか、が重要になります。

受給者のプライバシー権が制約される度合いについて、生活保護法が全国一律のレベルを要求している趣旨であると理解すれば、今回の条例が『違憲である』という疑いが濃くなります」

●法律の趣旨の解釈しだいで「合憲」の可能性もある

一方で、村上弁護士は「合憲」の可能性にも触れる。

「これに対して、生活保護法は、受給者のプライバシー権の制約について、条例によって各市町村がその実情に応じて別の規制を行うことを禁止していない、と理解すれば、合憲であるという結論もあり得ます。

ただ、この場合でも、今回の条例のように、受給者のプライバシー権を特別に制限することもやむを得ないという実情が、小野市にあるのかどうか、という点が重要となります」

今回の条例案が小野市議会に提出されたとき、一部の人から「監視社会になる」と心配する声もあった。今後も、生活保護受給者に対する世間の風当たりは強いかもしれないが、プライバシー権の観点などから、小野市の条例が憲法に違反している可能性もあるということは覚えておきたい。

(弁護士ドットコムニュース)

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