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あおり運転トラブルで「逆転無罪」、工具で殴った男性に「正当防衛」が認められたワケは?
2023年02月15日 10時02分

2019年10月、大阪府富田林市の国道上で、あおり運転をしてきた男性運転手を工具で殴り、頭部骨折のケガをさせたなどとして傷害罪に問われた男性の裁判で、大阪高裁は、罰金30万円とした一審・大阪地裁堺支部判決を破棄し、逆転無罪を言い渡した。判決は今年2月7日。

時事通信(2月8日)などによると、大阪高裁は、男性の「正当防衛」を認めたという。人にケガを負わせてしまった場合でも無罪と判断される「正当防衛」とは、どのような場合に成立するのだろうか。

2019年10月、大阪府富田林市の国道上で、あおり運転をしてきた男性運転手を工具で殴り、頭部骨折のケガをさせたなどとして傷害罪に問われた男性の裁判で、大阪高裁は、罰金30万円とした一審・大阪地裁堺支部判決を破棄し、逆転無罪を言い渡した。判決は今年2月7日。

時事通信(2月8日)などによると、大阪高裁は、男性の「正当防衛」を認めたという。人にケガを負わせてしまった場合でも無罪と判断される「正当防衛」とは、どのような場合に成立するのだろうか。

●顔面を殴られたため「工具」で複数回殴ったという

複数の報道によると、男性は、運転手からあおり運転を受けて、停車後にはスマホで撮影されるなどした。男性が注意したところ、顔面をいきなり殴られたため、持っていた工具(モンキーレンチ)で運転手を複数回殴ってケガを負わせたという。

運転手への反撃であり、正当防衛が成立するという男性の主張を認め、大阪高裁は無罪とした。

また、高裁は、男性運転手がした証言を「自己の落ち度を隠し、誇張している可能性が高い」と判断し、さらにケンカを誘発する罵声を浴びせたのは男性運転手だと指摘。そして、男性が殴ったのはやむを得ずにした行為だと判断したという。

正当防衛とは、どのような場合に認められるものか。刑事事件にくわしい坂口靖弁護士が解説する。

●【弁護士による解説】正当防衛が成立するには

正当防衛とは、「急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は罰しない」(刑法36条)と規定されています。

極めて簡単に言うと、傷害などの犯罪となるような行為をしてしまった場合であっても、防衛の意思を持って、自分や他人の権利を守るためにおこなった必要かつ相当な行為であれば、犯罪は成立しないというものです。

これは、国家による救済が受けられないような緊急事態に限っては、自分または他人の権利が違法な侵害にさらされており、それを守るための行為であれば、違法な行為とは評価できないという考え方によるものです。

今回の裁判の判決文などを読んでいないので、報道された内容をベースに解説します。

正当防衛に関しては、(1)「急迫不正の侵害の有無」(2)「防衛の意思の有無」(3)「やむを得ずした行為か否か」等と、問題となる論点は多岐にわたりますが、今回の事例では、いずれの論点も問題となっているように見受けられます。

この点、(1)「急迫不正の侵害」や(2)「防衛の意思」に関しては、積極的な加害意図を有していたような場合には認められませんし、自らが挑発するなど、相手の違法行為を誘発したような場合にも認められないものと考えられています。

また、(3)「やむを得ずした行為」については、権利を防衛するために必要かつ相当な行為か否かで判断されるものとなりますが、あくまで「行為」が問題となるものであり、「結果」ではありません。

相手から数回殴られた際に、身を守るために相手を1回殴ったところ、相手が転倒して死亡してしまったというように、予想外に大きな「結果」が発生してしまったような場合であったとしても、正当防衛は成立しえます。

●裁判所に正当防衛を認定させるのは「高い壁」がある

一審では、「被告人の男性がケンカを開始した」と認定したとのことですが、これは被告人自らが率先して暴行という犯罪行為に及んだとか、男性運転手の暴行を誘発するような言動をしていたという評価につながったものと予想されるところであり、「急迫不正の侵害」や「防衛の意思」がそもそも認められないと評価された可能性があるものと考えられます。

また、今回の事件では、被告人男性は、「工具」で殴打したとの事情があるとのことですが、この工具を用いての暴力行為が、男性運転手による素手での暴力行為に対して、「やむを得ずした行為」と評価されるか否かも問題となったものと考えられるところです。

控訴審では、そもそも男性運転手の証言の信用性を否定し、暴力のきっかけは男性運転手が作ったと認定したとのことですから、被告人男性の説明内容を前提に、被告人男性には、前記のような「急迫不正の侵害」や「防衛の意思」が否定されるという事情は存在しないものと評価されたものと予想されます。

また、控訴審では、男性運転手が被告人の顔面をいきなり複数回殴ったという状況や男性運転手が空手の有段者であったことを前提すると、その暴力行為の程度もかなり強度のものであったと推測されることなどから、被告人男性がとっさに「工具」で反撃したという行為も、「やむを得ずした行為」と評価しうるものと判断したものと考えられます。

正当防衛の要件には、多岐にわたる論点が存在しており、裁判所に正当防衛の成立を認めさせることは非常に困難を伴うことが多いのが実情です。

今回の事件の弁護人の方々が、高裁で逆転無罪を勝ち取るには大変な苦労があったのではないでしょうか。

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