「三代目 J SOUL BROTHERS」メンバーの今市隆二さんが酒を飲んで乗車したタクシーの運転手に暴行、脅迫を加えた疑いで書類送検された件は、今市さんが運転手側に謝罪する形で示談が成立した。
タクシーのハラスメント行為をめぐっては、ある調査で運転手の58.0%が2年以内に被害に遭遇したと答えている。土下座の強要や暴力が特徴だという。
密室状態で逃げられない運転手に対する振る舞いは、加害客側の「人間の本質」を浮き彫りにしてしまう。
かつてタクシー運転手として働いていた弁護士の射場守夫さんは、自身も酔った乗客から蹴られたことがあったと振り返る。知識と技術が求められる運転手の仕事がリスペクトをうけることはあっても、暴力やネット中傷を向けられるいわれはないと強調する。
●いきなり後ろから殴られ…嘔吐で仕事できなくてもクリーニング代もらえず
——タクシーの運転中に暴力行為をうけたことはありましたか
私がタクシーに乗っていたのは20年前です。高卒でいろいろな仕事を経験し、昼は司法試験の勉強、夜はタクシーという生活を5年ほど続けました。その頃は深夜の飲食店から出てこられた方をお送りするのが売上のメインでした。
タクシーを運転している間はお客様に対して無防備な状態です。物理攻撃を受けてもほとんど避けることができません。
酔ったお客様からいきなり後ろから殴られる、運転座席の背もたれを後ろから蹴られるといった暴力を受けることがときどきありました。
それだけではなく、一般公道を「時速100キロ以上で走れ」とか、「赤信号を突っ切れ」と無茶な要求をされたこともあります。
ただ、現在は世の中の考え方が変わってきていると思いますので、それほど極端なことはおきていないと思います。
——タクシーの運転手は乗客より弱い立場にあると感じることがありましたか
はい。車内で吐かれたり、失禁されたりすると最悪でした。その車は1日以上使えなくなります。匂いが取れないからです。ある意味暴力よりも堪えました。
それでも、残念ながらクリーニング代を払ってもらったことはありません。
泥酔して乗車した途端に寝てしまって行き先も言わない方もいましたね。そういう方は交番に連れて行って警察官に起こしてもらいます。
無賃乗車の方もいました。そんな方も近くの交番に行って何とかしてもらいますが、どうも夜の街では酒で気が大きくなった方が多くて、時間がとられるのが嫌で、すぐに次の仕事に移りました。
当時、タクシー強盗が流行っていました。会社も乗務員も注意していたのですが、なんとなく怪しいと思ったお客様には、こちらからタクシー強盗の話を振って「実はタクシーの中には釣り銭くらいしかないんですよね。それで強盗なんかしてもほとんど金にならないし、捕まったらほとんど実刑だと思いますし馬鹿らしいですよねー」などと言って反応を見るということをしていました。
実際に強盗に遭ったことはありませんが、不安は尽きませんでした。
●カスハラへの対応方法
——危険を感じた運転手ができることはありますか
実際に危険な状態になったら、すぐに車を停めて逃げる以外にできることはないと思います。
しかし、酔った方は、愚痴を言ったりクダを巻いたりして、その延長上で運転手を罵倒するのがせいぜいなので、こちらからちょっかいを出さなければ命の危険に直面することはほとんどないと思います。
意外かもしれませんが、少し怖くて警戒したのは、深夜に素面で2人組などで乗ってくる若いお客様ですね。
タクシーの中から逃げられない場合は、当時は運転席に「SOS」のボタンがあり、これを操作することになっていました。こうすると上の行灯が点滅するので、それを見た同業者が配車係に連絡し、配車係が暗号で各タクシーに注意を促して、当該タクシーを追跡します。
——こうしたカスハラや暴言を吐く客に対して、タクシー事業者側はどのような自衛手段をとればよいでしょうか
今は、車内カメラの付いたドラレコが設置されているタクシーが増えているので重大犯罪は起きにくくなっているのではないでしょうか。それでも小さなトラブルは起きることでしょう。
そうすると、個々のドライバーによるカスハラ対策が大事になってきます。
タクシー乗務員の社会的地位は低いと思われています。
ですので、乗務員自らカスハラに対して反論しても、相手がさらに興奮してくるのは目に見えています。
暴力的ではない罵倒するだけのカスハラなのであれば、料金を支払ってもらえば穏やかに対応してその場を離れます。
コンビニでの業務などとは違って、会計が終われば運転手自身はその場から離れられるので、「明日も嫌がらせがあるかも」と考える必要はありません。その場を乗り切れば良いのです。
支払ってくれない場合は、その場で営業所に連絡して担当者に来てもらいます。営業所が遠ければ、近くの警察署に行くことになります。土下座系のカスハラにはあったことはないですが、仮にあったとしても土下座などはしません。
後日お客様が会社にクレームを付けてきても、それは会社が適切に対応することになります。
●タクシー乗務員も弁護士も高度な技術と知識が求められる職業
——今回、相手が人気芸能人だったこともあり、書類送検をうけて芸能活動休止に至ったことから、タクシー運転手には誹謗中傷も寄せられることとなりました。
私はこのニュースを詳しく知りません。被害者のタクシー運転手に対して誹謗中傷があったのですか。しかしながら、タクシーに乗っていた者としてはなんとなくわかるところもあります。
今でもタクシー運転手は社会的地位が低いのですね。私も夜の街では散々罵倒されました。ファンの方にすればなお一層タクシーの方が悪いとなるのでしょう。
タクシーの仕事には、労働時間に対して収入は少なかったですし、カスハラのような大変なこともありましたが、私はタクシーに乗っていたときはそれなりに楽しかったのです。
タクシー運転手の代理人弁護士(示談成立公表の会見/8月28日)
タクシー運転手と弁護士。それぞれの立場で向き合うお客様との関係には共通点があります。
弁護士のもとには、いろいろ感情的に切羽詰まった方が来られるので、その人間性に深く触れることができます。
タクシーには、気軽に感情を吐き出せる場として乗ってこられるので、その人間性に深く触れることができます。
そのややこしい人間性を手練手管を使って乗り切るところに、共通した醍醐味があるのです。
弁護士として働くには、法律を含めた様々な知識と技術が必要ですが、タクシーも運転技術以外の様々な知識と技術が必要です。弁護士が生き方の1つなら、タクシー乗務員も生き方の1つです。職業として何ら劣る部分はありません。
暴力や暴言は無論、いけないことです。そして、いついかなる場面でも、どのような人に対しても誹謗中傷は意味がないし、吐いている自分自身にとってマイナスでしかないことに気づいていただきたいですね。