国内観光地でインバウンド客が急増する中、古都「鎌倉」の住宅地が観光公害に直面している。
問題となっているのは、江ノ電「鎌倉高校前駅」近くの踏切。人気漫画『スラムダンク』のアニメ版オープニングにこの踏切とみられる場所が描かれたとされ、今では「聖地」として中国を中心に外国人観光客が押し寄せている。
しかし、ゴミのポイ捨てや民家への立ち入りといった迷惑行為が相次ぎ、ひどい場合は公園で全裸になって水道で体を洗ったり、民家に入り込んで排泄するといった事例まで報告されている。
鎌倉市は警備員の配置や多言語看板の設置など対策を講じてきたが、トラブル解消には至っていない。市議会では、住民や議員から改善を求める声が続出している。
10月1日から中国の大型連休「国慶節」が始まることもあり、さらなる混雑が懸念されている。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)
●「車道に出ないで!」警備員が必死の注意
9月中旬、記者が鎌倉高校前駅に降り立つと、平日にもかかわらずホームは観光客であふれていた。下校中の高校生よりも外国人観光客が多く、中国語が飛び交っていた。
人をかき分けて改札口に向かうと、そこにも疲れた様子で座り込む人の姿が目立つ。
そこから徒歩数分、例の踏切が見えてくる。ざっと見ただけでも数十人が集まり、スマホやカメラを構えていた。
中国人観光客でごった返す鎌倉高校前駅(2025年9月、弁護士ドットコム撮影)
「危ないから、歩道に戻って!」「車道に出ないで!」
警備員の必死の声を無視して、観光客が車道に繰り返し飛び出す。踏切と海を重ねた「アニメの構図」を撮影するためだ。日本語が通じず、そのまま撮影を続ける人も少なくない。
車道で撮影する人たち(2025年9月、弁護士ドットコム撮影)
江ノ電だけでなく、タクシーで乗りつける人もいる。神奈川県外のナンバープレートをつけたワゴン車が民家の前に停車し、中からぞろぞろと外国人の家族連れが出てくるのを何度も目撃した。
住民は、自宅前のタクシーに気を配りながら、車庫の出入りを余儀なくされている。
ここが繁華街であれば、観光客は歓迎されるかもしれないが、閑静な住宅地に大勢が押し寄せる状況は、地域の日常生活を大きく脅かしている。
踏切近くの民家の前に乗り付けるワゴン車のタクシー(2025年9月、弁護士ドットコム撮影)
●公園で全裸になる観光客
「鎌倉には観光地が多いですが、ここは普通の住宅街なんです。みんな静かに暮らしていたのに、いきなり観光地化してしまいました」
そう訴えるのは、この地域に住む堀内尚子さん。トイレやゴミ箱など、観光地に必要なインフラがないため、負担が地域に押し付けられているという。
「この地域の人たちは海辺を散歩しながらゴミを拾う習慣があります。サーファーや学校の生徒たちもビーチクリーン活動をしています。でも、今は量が多すぎて対応できない」
地域住民が集めたゴミ(提供写真)
民家の敷地や自転車のカゴにポイ捨てされることもある。トイレも足りておらず、民家の敷地で排泄して壁を汚したり、公園で全裸になって水道で体を洗う観光客までいたという。
「結局、きれいにしているのは、私たち住民なんです。言葉は悪いですが『ケツをふかされている』状況が続いています」
公園で全裸になる外国人観光客(提供写真)
●注意した中学生の自転車に「当て逃げ」
住民の不安や不満が高まる中、8月25日に深刻なトラブルも起きたという。
中学2年生になる堀内さんの息子が自転車で通りかかったときのことだ。民家の前に駐車しているシルバーのハイエースを見つけて、外国人の女性ドライバーに「ここに駐車してはダメですよ」と伝えた。
踏切近くに停車すると注意されるので、外国人観光客を待つタクシーは、住宅地の奥へと入り込むようになっているという。住民の間では、違法に停車しているタクシーを見かけた場合、できるだけ通報するよう声をかけあっていた。
息子も携帯から通報した。すると、怒ったドライバーが、息子の写真を撮影し、カタコトの日本語で「お前の学校に連絡してやる」「写真をばらまいてやる」と脅してきた。その後、ドライバーはハイエースを発進して、息子の自転車に車体をぶつけて走り去ったという。
「息子にケガはありませんでしたが、精神的にショックを受け、体調を崩しました」と堀内さんは語る。
住民にピースを向ける外国人ドライバー(提供写真)
●鎌倉市では誘導の実証実験
この被害や踏切周辺の現状について、堀内さんがSNSで発信すると、大きな反響を呼んだ。
投稿がきっかけとなり、堀内さんは観光客増加による治安悪化について対策を求める陳情書を市議会に提出。陳情書は9月16日、市民環境常任委員会で満場一致で採択された。
会期中の市議会でも、踏切付近のトラブル解消を求める声が複数の議員から上がっている。
市側の答弁によると、9月13日から16日にかけて、踏切近くにある公園に撮影エリアを設置、職員12人を投入して観光客を誘導する実証実験をおこなった。9時から16時まで、4日間で合計約9500人が撮影エリアを利用したという。
実証実験がおこなわれた公園。写真は実験前の様子(2025年9月、弁護士ドットコム撮影)
その結果、日本語で呼びかけるよりも、中国語や英語で話しかけたほうが効果的な場面があり、より効果的な対策を検討しているとした。また、県や県警に対して、強く協力を呼びかけていることも明らかにした。
一方で、常時、警備員を配置する費用負担も課題だ。一部議員からは「外国人観光客から費用を徴収することはできないのか」といった声も出ている。
●中国人観光客「スラムダンクをリスペクトしています」
10月1日からは、中国の大型連休「国慶節」が始まる。それにともない、踏切にも大勢の観光客が訪れると予想されている。
9月中旬、現場では中国人観光客たちが「こっちに来て!写真撮るよ!」など楽しげに撮影をしていた。中には、制服のコスプレ姿もあった。
上海から友人と来たという女性に話を聞くと、高校生だった1990年代、アニメの『スラムダンク』を観ていたそうだ。
「学校でとても人気で、私も大好きでした。作品をリスペクトしているので、アニメに登場する場所に来られてうれしいです」
堀内さんはこう語る。
「『来るな』と言っているわけではありません。迎える側も訪れる側も、お互いに良かったと思える場所にしたい。ただ、地域の大人たちは怒っています。その姿を子どもたちに見せたくないんです」
全国各地で、同じようにインバウンド客による迷惑行為が問題になっている。堀内さんは「鎌倉高校前の踏切から解決策を発信し、モデルケースとして広がってほしい」と話していた。
中国語と英語による注意(2025年9月、弁護士ドットコム撮影)