2025年6月1日から、すべての企業に熱中症対策が義務化された。気温31度またはWBGT値(暑さ指数)28度を超える職場で、労働者が連続1時間以上または1日4時間超の作業を行う場合、事業者に対策が義務付けられる。違反すれば労基署の是正勧告対象となり、刑事罰の可能性もある。
背景には深刻な熱中症被害がある。厚生労働省の統計によれば、職場での熱中症による死傷災害は毎年約400〜1100人で、死亡者は年平均約30人。特に熱中症は他の災害と比べ死亡リスクが約5〜6倍高く、死亡者の約7割が屋外作業者だという。
労働問題に取り組む大川雄矢弁護士は今回の改正について、「従業員の健康、生命を守ることは企業の基本的かつ重要な義務です。猛暑化が進む中、今後はより企業の責任も重くなるので、十分な対策をしてほしい」と呼びかける。
●「見つける→判断→対処」企業に課される3つの義務とは
新制度で事業者に義務付けられる第一の義務は、体制整備としての熱中症の早期発見システムの構築だ。
具体的には、厚労省の資料によると、作業中に随時報告を受けることができる状態を保つことに加えて、「職場巡視やバディ制の採用、ウェアラブルデバイス等の活用」によって「積極的に症状のある作業者を把握する」よう求めている。労働者からの申告を待つだけでなく、企業側から熱中症の兆候を探す仕組みが必要となる。
第二の義務は、緊急時対応手順書の作成だ。熱中症の疑いがある場合の緊急連絡網や搬送先情報、作業中断の判断基準、身体冷却方法、救急要請の手順を文書化する必要がある。
第三の義務は、全関係者への周知徹底である。朝礼やミーティング、メール、社内ネットワークなどを活用し、熱中症リスクと対応手順を全員に周知することが求められる。
●企業の法的リスクは2段階で高まる
事業者が対策を怠った場合、「是正勧告」と「損害賠償責任」という二重のリスクに直面する。
まず、労働基準監督署からの是正勧告の対象となる。従わない場合は刑事罰(6カ月以下の懲役または50万円以下の罰金)の可能性もある。
さらに重大なのは、熱中症被害が発生した場合の「安全配慮義務違反」としての民事上の損害賠償責任だ。
従来は「努力義務」だったため、企業側に必要な対策が不明確で「必要な対策を講じていた」と主張できる余地があった。しかし今回の改正で「法的義務」となり基準が作成されることで、基準に達していなかった場合の責任追及はより厳しくなる。特に規則で定められた3つの義務を怠っていた場合、安全配慮義務違反の立証は容易になる可能性が高い。
事業者は単なるコンプライアンス対応ではなく、職場の安全を確保するための実効的な対策を整備する必要がある。気候変動による猛暑の常態化が予測される中、熱中症対策は企業の法務・労務管理における重要課題となるだろう。
【監修弁護士】
大川 雄矢(おおかわ・ゆうや) 弁護士
旭川市での実務経験を経て地元神奈川に戻り活動中。債務整理、交通事故、相続、離婚から労働問題まで幅広い分野に精通している。神奈川県全域から東京都、さらには遠方にも対応。明るさと誠実さを大切に、依頼者一人ひとりの最善の解決を目指している。
事務所名:大川雄矢法律事務所