犯罪の疑いをかけられたり、警察に逮捕されたとき、最初に頼ることになるのが弁護士だ。本来、どこにいても平等に弁護を受けられるべきだが、実際には、住む地域や逮捕された場所によって、その機会が大きく制約されることがある。
その打開策として、「オンライン接見」が注目されている。
6月22日に閉会した国会で成立した改正刑事訴訟法では、附則に「必要な取組を推進する」との文言が盛り込まれた。一方、地方で活動する弁護士からは早期の実現を求める声が上がっている。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)
●北海道の過酷な環境「接見に片道4時間」
「質を落としているつもりはありませんが、質に影響しています」
そう話すのは、北海道の最北端、稚内市(わっかないし)の法律事務所に勤務する池田慎介弁護士だ。
稚内市には弁護士が2人しかおらず、そのうち刑事事件の国選弁護人として登録しているのは池田弁護士だけだという。
広大な北海道では、逮捕・起訴された人に弁護士が接見(面会)するのに「物理的な壁」が立ちはだかる。
たとえば稚内市で事件が起きた際、池田弁護士が対応できなければ、約250キロ離れた旭川市から弁護士が来なければならない。天気の良い日でも、車で約4時間もかかる距離だ。
稚内市で刑事弁護に取り組む池田慎介弁護士
●雪やエゾシカで電車が止まることも
また、被疑者が起訴されると、その身柄は稚内市から約170キロ離れた名寄市(なよろし)の拘置支所に移される。そのため池田弁護士は、起訴後の接見には片道約3〜3.5時間かけて車で移動するという。
「電車もありますが、雪やエゾシカとの衝突で止まることがあり、スケジュールを立てにくい。だから、基本的に車で移動しています。名寄まで行って戻ってくると、1日仕事になります」
札幌市内であれば、公判前に2〜3回の接見が可能だが、稚内では、物理的制約から1回程度にとどまるという。
「被告人が突然保釈されるとなれば、数分の打ち合わせのために名寄まで行く必要が出てくる。本来はどこでも等しく刑事弁護を受けられるべきですが、逮捕された場所によって刑事弁護の"量"が変わるのは不平等だと思います」
だからこそ、「もっと手軽に被疑者や被告人と話せる手段が必要です」と池田弁護士はうったえる。
「北海道は環境が過酷です。冬はホワイトアウトで移動ができなくなることもある。そうした中で弁護活動をしている現実を知ってほしい。他の地域の弁護士のみなさんにも、オンライン接見の制度化を後押ししてもらえたらと思います」
北海道内の各地域で弁護人が被疑者や被告人と接見するための距離や所用時間をまとめた表(北海道弁護士会連合会のHPより)
●刑事訴訟法の改正で導入に一歩前進
北海道弁護士会連合会は2023年5月、「オンライン接見の実現を強く求める」との理事長声明を出した。背景には、拘置所の廃止が相次いでいることもある。
拘置支所の収容業務が停止し、一部の拠点に集約されることで、弁護人にとっては接見のための時間、労力の負担が増しているという。
こうした中、今国会で成立した改正刑事訴訟法では、正式に決まったわけではないものの、オンライン接見の導入に向けた動きが附則に盛り込まれた。
<身体の拘束を受けている被告人等と弁護人等との間における映像と音声の送受信による通話を可能とするための運用上の措置について、地域の実情を踏まえ、被告人等と弁護人等との間の秘密の確保に配慮するとともに不正行為等の防止に万全を期しつつ、必要な取組を推進するものとする>
写真はイメージ(EKAKI / PIXTA)
また、衆参両院の法務委員会も附帯決議で、将来的な法制化を検討するよう政府や最高裁に求めることを明記した。
この動きについて、札幌弁護士会の渡邉恵介弁護士は「すぐに導入とはいかないものの、拡大の推進と将来的な法制化の検討が明記されたことは、重要な意義がある」と評価している。
●「アクセスポイント方式」で移動負担を軽減
では、オンライン接見はどのように実現されるのか。
現在、検討されているのが「アクセスポイント方式」と呼ばれる仕組みだ。これは、弁護人が近くの警察署や拘置所などに設置された端末を通じて、被疑者や被告人がいる施設の端末にアクセスし、映像と音声で接見するというものだ。
これによって、遠方までの移動負担を減らし、接見の機会を確保できると期待されている。
オンライン接見の導入を求めている渡邉恵介弁護士
●オンライン接見導入に向けた残された課題
ただし、実現に向けた具体的な設計はこれからだ。
どの範囲でオンライン接見を認めるのか、どのようなシステムを導入するのかなど、検討課題は多岐にわたる。
また、全国の弁護士会の中には、オンライン接見の広がりが「拘置所の廃止を加速させるのではないか」と懸念する声もあるという。
このため、北海道弁護士会連合会は、理事長声明で「オンライン接見は、対面による接見の代替とはならないのであり、当連合会は、改めて拘置所の業務停止や廃止に反対するものであることを付言する」としている。
渡邉弁護士は、参院法務委員会の「本法施行後3年を目途にその進捗状況に応じて法制化の必要性について検討を行う」との附帯決議を受けて、こう話す。
「附帯決議の趣旨を生かすには、日弁連と法務省、警察庁などの関係機関との協議を迅速に進める必要があります」