神戸市中央区で会社員の女性(24)が刺殺された事件で逮捕された男性(35)は、3年前にも同様の手口で女性を襲い、執行猶予付きの判決を受けていたと報じられています(日テレNEWS、8月29日など)。
さらに、過去にも別の女性へのストーカー行為で罰金刑を受けていたとも報じられました。SNSやニュースのコメント欄では、「首を絞める危険な暴行を加えていたにもかかわらず、なぜ実刑にならなかったのか」との疑問の声が相次いで上がりました。
なぜ過去の裁判では、執行猶予がついたのでしょうか。刑事事件に詳しい澤井康生弁護士に聞きました。
●なぜ執行猶予がついたのか?
被疑者は3年前の2022年5月にも今回と同様の手口で事件を起こし、傷害罪、ストーカー規制法違反、住居侵入罪で起訴されています。
しかしながら、このときの判決は懲役2年6か月、執行猶予5年であり、執行猶予が付いたことから刑務所に行くことなく、そのまま社会で野放しとなり、結果的に今回の事件を起こしてしまったという流れになります。
2022年の事件は被害女性の首を絞めていることから、当初は殺人未遂罪で逮捕されたものの、傷害罪での起訴となっています。
罪名が殺人未遂罪から傷害罪に変更された事情はわかりませんが、殺人未遂罪ではなく軽い傷害罪での起訴となったことも執行猶予判決となった事情の1つといえます。
●3年前の事件で、実刑判決を下すことはできなかったのか?
頚部は身体の枢要部であることから、首を絞める行為は客観的には人の死亡の結果を発生させる危険性の高い行為であり、殺人罪の実行行為性が認められることは明らかです。
仮に何らかの事情により殺人未遂罪では起訴できずに傷害罪での起訴になったとした場合であっても単なる傷害ではなく、首を絞める手口の暴行態様であることの危険性や悪質性を十分に考慮し、実刑判決もしくは保護観察付の執行猶予とすべきだったと思われます。
特に報道によれば被疑者は5年前の2020年にも別の女性にストーカー行為を行い、罰金刑を受けていたとのことですので、2022年時には初犯ではなく2回目の事件だったことから、再犯の恐れが極めて高いといえ、簡単に執行猶予判決とすべきではなかったものと考えられます。
●保護観察とは?
——保護観察をつけるべきだったという声もあるようです。
保護観察は執行猶予期間中の犯人の改善・教育の効果を期するため、保護観察官や保護司による指導監督を受ける制度のことであり(刑法25条の2)、社会内処遇と呼ばれています。
保護観察においては保護観察期間中に守らなければならない遵守事項を定め(更生保護法50条、51条)、これに違反し、その情状が重いときは刑の執行猶予の任意的取消事由になります(刑法26条の2)。執行猶予の取消は、保護観察所長が検察官に申出をして、裁判所が決定します。
ただし、法務省の犯罪白書(令和5年版)によれば、令和4年全部執行猶予判決を受けた者のうち保護観察が付けられた割合は6%余にとどまっています。
また、罪名別構成比で見るとほとんどが窃盗罪(約20%)と覚せい剤取締法違反(約46%)であり、それ以外の犯罪(例えば、殺人や強制わいせつなど)は数パーセントにすぎません。
窃盗罪や薬物犯罪は確かに再犯性が極めて高いことからこれらの割合が高くなるのは理解できるのですが、それ以外の犯罪に保護観察がつけられるケースが極めて少ないのは問題だと思います。
●実刑判決か、最低でも保護観察をつけるべきだった
——3年前の事件の判決について、どのようにみていますか
以上より、2022年の事件時において既に再犯の恐れが極めて高かったことから、実刑判決もしくは最低でも保護観察付きの執行猶予判決とすべきだったということになります。
また現在の運用ではそもそも保護観察処分率が低いことに加え、保護観察の多くが覚せい剤と窃盗罪に集中していることから、他の罪名にも必要に応じて保護観察を付けるよう運用を改めるべきでしょう。