群馬県草津町の黒岩信忠町長(78)と肉体関係を持ったと虚偽の告発をしたとして、名誉毀損と虚偽告訴の罪に問われた元草津町議の新井祥子被告人に対し、前橋地裁(山下博司裁判長)は9月29日、懲役2年、執行猶予5年の有罪判決を言い渡した(求刑・懲役2年)。
何が争点となり、裁判所はどう判断したのか。判決内容を詳しく説明する。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)
●事件の経緯は?
判決内容などによると、新井氏はライターの男性と共謀し、黒岩町長の名誉を毀損しようと考え、2019年11月11日ごろ、「町長室にて町長と肉体関係をもちました」などと記載した電子書籍をキンドルストアで販売。不特定多数の人が閲覧できる状態にし、黒岩町長の名誉を毀損した。
また、新井氏は2021年12月13日、黒岩町長から強制わいせつの被害を受けていないにもかかわらず、前橋地検に対し、2015年1月8日に町長室で黒岩町長から胸や陰部を触れるなどのわいせつ行為を受けたという虚偽の内容の告訴状を提出。
これらの行為から、名誉毀損罪と虚偽告訴罪で在宅起訴されていた。
虚偽の性被害告発の経緯をまとめた表(弁護士ドットコムニュース作成)
●争点は2つ、「性被害の有無」「出版の共謀」
裁判での争点は以下の2つだった。
・2015年1月8日に町長室で、黒岩町長が新井氏にわいせつ行為をしたかどうか。
・電子書籍の発行について、書籍を書いたライターと新井氏との間に「共謀」があったかどうか。
新井氏は裁判で、黒岩町長と性交したという書籍の内容は事実ではないものの、わいせつ行為をされたことは事実で、電子書籍の発行に関してもライターが無断でしたことなどと無罪を主張していた。
2020年12月に日本外国特派員協会で開かれた記者会見で性被害を受けたと主張した新井祥子氏(弁護士ドットコムニュース撮影)
●「黒岩町長はわいせつ行為を行っていない」と判断
判決で、前橋地裁はまず、黒岩町長によるわいせつ行為の有無について検討した。
新井氏が町長室で黒岩町長と面会した際に録音していた当時の会話について、「会話やカップを置くような物音がするだけで、わいせつ行為が行われたことをうかがわせる音声は一切ない」と認定。
新井氏側は、町長室のドアが開いていたかどうかや面談の時間について、黒岩町長の供述が民事裁判で提出された陳述書の内容から変わっている点などを指摘し、黒岩町長が虚偽の供述をしていると主張していた。
しかし、これについて前橋地裁は、次のように指摘して退けた。
「本件面談時に黒岩町長がわいせつ行為をしておらず、特に印象に残るような出来事がなかったとすると、面談から4年以上が経過した電子書籍の出版後に、面談当時のことを思い出そうとしても、詳細な状況について覚えていないということが不自然ではあるとはいえず、変遷があることを考慮しても、録音データの内容に裏付けられている面談時にわいせつ行為をしていないという黒岩供述の核心部分を揺るがすものではない」
さらに、新井氏がボイスレコーダーを上着の中に入れて録音していたことに関して、「上着の中に手を入れて胸を触るといった動作をするにあたり、衣服の布がこすれる音等が録音されているのが自然であるところ、そのような音は一切録音されていない」と述べ、新井氏の供述を「信用できない」とした。
以上を踏まえて、「黒岩町長が被告人に対してわいせつ行為を行っていないとの事実が認められる」と判断した。
草津町の町長室。新井氏はここで黒岩町長からわいせつな行為を受けたと告白したが、裁判では虚偽と判断された(2024年5月28日、群馬県草津町で、弁護士ドットコムニュース撮影)
●ライターとの「共謀」を認定
2つ目の争点となった「電子書籍の発行に関するライターとの共謀」についても、裁判所はこれを認めた。
判決は、新井氏がライターに対して「町長室で黒岩町長と肉体関係を持った」と告白する直筆文書を送った後、本のことはライターに任せるという趣旨のメールを送っていたと認定。
また、ライターが電子書籍の出版直前に本の目次を新井氏に送った際、新井氏は生原稿を読みたいという依頼をせず、発売予定日に「いよいよ今日ですね、しっかり読ませていただきます」といった内容のメールを送っていたことも認定した。
前橋地裁はこれらの認定した事実を踏まえ、新井氏が、黒岩町長と性交したという内容の書籍をライターが販売することについて「十分に認識していた」とし、「電子書籍の発行について共謀があることが認められる」と判断した。
新井氏による虚偽の告白が掲載された電子書籍「草津温泉 漆黒の闇5」の表紙
● 量刑理由「自業自得と言わざるを得ない」
最後に量刑について、前橋地裁は次のように述べた。
「被告人は、町長からわいせつ行為をされたとの話が真実であるかのように装って告訴状を提出したのであり、捜査機関の捜査を誤らせる危険性を生じさせた悪質なものである」
「被告人が解職されたりバッシングを受けたりした原因は、町議会議員であった被告人が、町長の名誉を毀損する嘘をついたことにあるから、自業自得と言わざるを得ず、捜査機関に対して嘘の話を真実であるかのように装う理由にはならない」
名誉毀損についても、「公的な立場にある被害者の名誉を害する危険性の高い悪質な行為」と断じた。
一方で、「被告人は、公判廷において不合理な弁解に終始し、反省の態度はみられない」と指摘しつつ、被告人が虚偽告訴の事実自体は認めていること、本件が報道されるなどして相応の社会的制裁を受けていること、被告人に前科がないことなどを考慮し、懲役2年の刑に5年間の執行猶予を付けるのが相当であるとした。