全国的にクマの出没情報が報じられる近年。昨年2024年は特に秋田県の市街地にあるスーパーにクマが侵入して立てこもったニュースが耳目を集めた。
佐竹敬久知事が、クマの駆除に関する苦情に「『お前の所にクマを送るから住所を送れ』と言う」とした発言も大きく取り上げられた。
クマが近くに出た学校の児童・生徒らは、保護者に送り迎えをしてもらっている。目撃情報に振り回される日々が続いているようだ。
これだけ「クマ」の物騒なニュースが全国に届けられて、秋田県に来てくれる人は減ってしまわないだろうか。
進学で秋田を離れた記者も心配になる。年末年始に現地を歩いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・塚田賢慎)
●クマ出没エリア特有の「新聞にクマの目撃情報」
秋田県で生まれ育った記者は、昨年末に秋田市内にある実家に帰省した。地元紙をめくると、その日の天気やお悔やみ欄のほかに、「クマの目撃情報」が当たり前のようにある。
年末年始の秋田魁新報の紙面から(加工は編集部)
昨年11月30日にクマが「立てこもり」をした秋田市土崎エリアのスーパー「いとく」を訪れた。
大晦日の買い出しで賑わっていたが、森や山ではなく、視界の開けた市街地であることを目の当たりにして、改めてクマが出たことに信じられない思いとなる。
ケガをした従業員は数日後には復帰したという。きりたんぽの具材などを買って店を後にした。
クマが出たスーパー近くの通り
●「クマが出た」→保護者が子どもを送り迎え
秋田市教育委員会の担当者によると、このエリアの目撃情報が頻繁だったことから、昨年11月25日、市教委から市内の小中高等学校に一斉の注意喚起を改めて出していたという。
登下校時の「クマ避け鈴」着用、できるだけ複数名での行動、薄暗い朝夕の行動回避といった児童・生徒らへの呼びかけを学校に求めた。また、状況によっては、部活動の中止や保護者による送迎の要請もされる。
担当者によると、保護者に毎日の送迎を求めるものではないが、たとえば学校の敷地内にクマが現れた場合には、学校の判断で必ず送迎の要請がされるという。
「クマダス」の情報
12月23日夕方6時前には、市内の中学校の生徒が校舎外にクマのような動物を目撃した。部活は中断され、体育館に避難した生徒らを保護者が迎えたそうだ。
このような学業の影響だけでなく、就業中の保護者への影響もあり、家族の負担も決して小さくないだろう。
●コンビニに行くのも親に止められる
秋田県は2024年7月からクマの目撃・被害情報をまとめたシステム「クマダス」の運用を始めた。
「児童・生徒の安全確保が第一ですから、教育委員会も各学校でも365日24時間体制で連絡が取れるようにしております。市だけでなく県でもあちこちでクマの目撃があります」(秋田市教育委員会の担当者)
通常は冬眠しているはずのクマが年末年始も目撃されているのは、例年にないことだという。
ツキノワグマ等情報マップシステム「クマダス」
こうした状況にあって、特に県外から駆除の中止をうったえられても、「何を言っているんだ」と思う県民は少なくない。実際にクマに襲われた人もいる。
2023年度の全国のクマによる人身被害件数は198件で、そのうち秋田県が最多の62件だった。
ある県職員は、知事の「クマ送る発言」に、「いいぞ」と感じたと話す。「ドローンで爆弾入りの餌を食べさせて、リモコンで爆発させる」という提案も、実現性はともかくとして、少し乱暴でも、血肉の通った言葉だと受け止められているようだ。
およそ2年前、近くのコンビニに歩いて向かおうと思った記者は、親から「行くな」と止められた。
元々、用事の多くを車で済ませがちな車社会なところもあるが、クマが出るようになってからその傾向は強くなっているようだ。運動不足につながらないか心配にもなる。
クマの出没は、人間の生活、経済、健康にまで影響があると言えば言い過ぎだろうか。
●1人きりの露天風呂で大声を出す
影響といえば、これだけ秋田県の「クマ」情報が全国的にセンセーショナルに報じられることで、観光産業に悪影響はみられないのか。
県外出身の妻は、特にクマを怖がっている。秋田市内の温泉施設で、露天風呂に誰もいなかったことから、クマが寄って来るのを恐れて「いい湯だな」と大声を出して、湯に浸かるのもそこそこにすぐに内湯に戻ったと話す。せっかくの雪見風呂がもったいない。子どもが外で雪遊びするのも心配そうだ。

県観光文化スポーツ部の誘客推進課に、クマの情報が県の観光に影響したか尋ねたところ、そのような声は届いていないという。ただ、そのような調査を特段実施していないという。
秋田県では、コロナ前の2019年1〜4月と比較して、2024年同時期のインバウンド(訪日客の宿泊者数)が東北6県で唯一落ち込んだ。
「クマの出没情報があってもキャンセルなどはない。団体客を受け入れられる宿泊施設が少なく、さらに人手不足のため、ニーズがあっても受け止めきれていない」(担当者)ことが背景にあり、クマの影響ではないという。
県では、「クマの生態や対策方法を正しく知ることが、クマの事故や出没を防ぐ第一歩」だとして、クマに関する情報を公式サイトなどで用意している。