埼玉県川口市に住むクルドの子どもたちで結成された演劇グループ「ウィンクス」(*)。トルコで放映されていた人気アニメのタイトルからとったもので、結成当初のメンバーだった子が名付けた。
主人公の女の子たちは、果敢に「悪い敵」と戦うストーリーだといい、日本でいえば、さしずめ「プリキュア」といったところか。劇団の演目は、子どもがやるにはシリアスな内容が多い。
学校のいじめや入管施設の虐待、ウィシュマさん問題など、身近にあった話や社会問題を子どもたちがアイデアを出し合い、物語にしていく。そして、外国人支援団体や弁護士グループ、保育士の卵である短大生たちの前などで披露する。
観劇した大人のたくさんの拍手に囲まれると、クルドの子どもたちは、悲しい現実をもとにした物語とは裏腹に、どこか誇らしげで、やりきった達成感に満面の笑みを浮かべる。(ライター・織田朝日)
子どもたちでつくった弾幕
●2歳で来日したクルド少女が主人公の物語
ウィンクスの活動は現在休止となっているが、最後にやった内容は、ある少女の物語だった。
主人公の少女は2歳のとき、トルコから親に連れられて来日する。しかし父親だけが入管の収容施設に入れられた。その後も在留資格はもらえず仮放免の状態だ。
少女と母親は半年の特定ビザがもらえ、のちに妹と弟が日本で生まれたが、その2人も在留資格をもらえた。
ところが少女が小学2年のとき、父親が再び収容されてしまう。何度も入管へ出向いては面会して、「お父さんを返して」と職員にうったえた。
解放されるまで10カ月間、この状況を繰り返し、少女はほとんど学校に行けなかった。父親と面会したり、日本語の話せない母親のために入管職員との間で通訳をしていたからだ。
そのためか、子どもながら彼女はどこか大人びて見える。
ようやく父親は解放されたが、収容のストレスで統合失調症になってしまい、通院を続ける。それでも新たな妹が生まれ、家族全員6人が一緒にいられる安定した幸せが続いた。
しかし、一家に再び災難が訪れる。2022年、来日から9年目、少女は中学1年になっていた。
東京入管に呼び出されて、家族全員が在留資格を失うことになってしまうのだ。少女は「2歳の妹のビザまで取ることはないでしょう」と食い下がるが、職員には冷たくあしらわれ、どうすることもできない。
保険証がない状態になってしまったので、妹が39度の高熱を出しても、薬を飲ませて何とかしのぐしかなかった。「病院に連れて行ってあげることができなくて、悔しかった」と語る。
●絶望からの光が見えた少女
と、ここまでは実話だが、この続きは創作である。
少女は勉強を頑張って大学に受かり、とうとう在留資格が出た。これからも家族のためにさらに頑張ると決意を新たにするというラストで演劇を締めくくる。
現実に話を戻すが、たしかに彼女は成績が良い。父親が収容から解放されてからは学校に通い勉強を頑張っていた。再び在留資格を取り戻し、将来どんな職業に就こうかなどいろいろ考えていた。
2023年、一度は流れた改正入管法の審議が国会で蒸し返された。
少女はこの法律が通れば日本に居られなくなってしまうと考え、他のクルドの子どもたちと国会を訪れ、野党議員たちに日本に残りたいとうったえた。「日本で生きていくために、できることなら何でもしたい」と口にしていた。
残念ながら、改正入管法は通過してしまい、どうしたらいいのか困惑していた。その直後、寝耳に水のような思いがけないニュースが入ってきた。当時の法務大臣が、日本生まれの子どもとその家族に在留資格を出すというものだった。
絶望からの光が見えた少女は入管からの連絡を待ちわびた。
●クルドに対する誹謗中傷が盛り上がる
そんな中、心を痛める出来事があった。SNSで、クルド人に対する誹謗中傷が盛り上がり、その勢いはとどまることがなく続いていることだ。
クルド人の誰かが問題行動を起こすとクルド人全体が悪いように言われ、クルド人とはまったく関係ない事件までクルド人のせいにされることもある。
「クルド人はIQが低い」「日本から出ていけ」
などの過激な書き込みが相次ぎ、どんどんヒートアップして、クルドの子どもたちは、身の危険を感じていた。少女も、いつか働けるようになっても、クルド人だからと仕事が決まらなかったらどうしようと悩んだ。
●妹が「万引きしている」とSNS投稿された
2024年9月、4歳になった妹までもがSNSでさらされる衝撃的な事件が起きた。
100円ショップで商品を探しているところを後ろから盗撮されて、Xにアップされた。「万引きしている」とまで書かれていた。店側は「万引きの事実はない」と回答。投稿者とみられるアカウントは現在凍結されている。
しかし、少女は「これで終わりじゃない。妹はたくさんの人にさらされ、今でも万引きをしたと思っている人がいる」と話す。
なぜ幼い妹がこんな目に遭わされなくてはいけないのか。幸いにも妹はこの事実を知らない。だけど少女の傷は深い。何もしていない家族がなぜこんな目にあわされないといけないのだろうか。
今年3月、一家は東京入管に呼び出された。法務大臣の発表からすでに1年以上経っていたが、ついに在留資格が出た。家族は喜びにあふれたが、ただ一つ残念なのは父親にだけ在留資格は出なかったことだ。
当時、小学6年だった次女は「お父さんにビザが出たらもっとうれしかった」と複雑な心境を語った。
受験生だった少女はその後、志望していた公立高校に合格し、今では高校生活を送っている。
高校は日本人ばかりだが、友だちもできて毎日が楽しいという。演劇が描いた未来より、現実は少し早く在留資格が出た。彼女たちが困難に負けず、果敢に立ち向かった成果かもしれない。
(*)ウィンクスは筆者が主宰している